第29話 俺の過去③

「応援してるとは言ったけど……。さすがに展開が早すぎじゃね?」


 俺と美優みゆが付き合うことになった翌日。

 優希ゆうきに俺たちが付き合っていることを報告した時の彼の第一声が、それだった。


「ご、ごめんね……、優希! やっぱり、これってまずかったかな?」


 美優が優希に対して、そんな確認を取っていた。


「……確かにこれから、さらに大変になるかもな? ……でも、なんとかするさ」


 優希がそうつぶやいた。


「大変になるって、何が?」


 俺がそうくと、


「……周りからの冷やかしが大変だなって意味だよ。とにかく、2人共おめでとう。末永くお幸せに」


 優希がとびきりの笑顔でそう告げた。

 美優は照れて顔を赤くしながら、


「あ、ありがとう……」


 と、お礼を言った。

 俺も「ありがとう」と軽くお礼を言うと、優希がニヤけた顔で俺たちに尋ねてくる。


「……で、どっちから告ったわけ? ぶっちゃけ、お前らが両想いだってことは結構前から気づいてたんだよねー」

「……え? 優希、それってつまり、お前は全てを知った上で、昨日俺たちを2人で帰らせたってことか!?」

「あったりまえだろ。2人きりになれば、奥手な2人でもさすがに何かしら進展があるかなぁと思ってさ。さすがに、ゴールインしちゃうとは思ってなかったけどね」

「……マジか。全部仕組まれてたってことかよ」


 俺は大袈裟に肩を落とした。


「別に仕組んだわけじゃないさ。両片思いの2人なんて、見てて辛いだけだからさ。これは、俺のためでもあったんだよ」


 そう言って優希は、穏やかに笑って見せた。

 ああ……、優希。やっぱりお前は、俺にとって最高の親友だ。


「……で、どっちから告ったんですかねぇ? 俺は今、それが気になって仕方ないよ」


 またもやニヤニヤとした笑みを浮かべて、優希は俺たちに問うてくる。


「……その、隼太はやたから」


 美優が両手を頬に添えて、恥ずかしそうにそう言った。


「……へぇ。やるじゃん、隼太」

「か、からかうのはやめろって!」

「からかってねぇよ。褒めてるんだよ」

「褒めてるならそのニヤけた顔をやめろ!」


 この日から、俺と美優のラブラブな日々が始まった。


 ◇◇◇


 ……時は過ぎ、中2の冬休み明け。

 3学期の始業式の日。


「ほら、見てくれよこれ。この写真の美優、めっちゃ可愛くね?」

「……あのなぁ、隼太」


 俺の言葉に、優希がうんざりした様子でため息を吐いた。


「ん? どうした、優希?」

「お前なぁ、冬休み明け早々、彼女の惚気話をされるこっちの身にもなってくれよ……」


 そして優希はもう1度、大きなため息を吐いた。


「仕方ないだろ! お前くらいしかこんな話をする相手いないんだから!」

「それはわかるけどさ……。お前らもう1年くらい付き合ってるんだろ? それなのに、いつまで経っても、付き合いたてのカップルみたいにイチャイチャイチャイチャ……。なんなの? お前らには倦怠期が存在しないの?」

「別に、ラブラブならそれはそれでいいだろ!」

「いや、確かに素敵なことだけどね!? 幸せそうで何よりですけどね!? ……はぁ。……俺も彼女欲しいわ」

「作ればいいじゃん」

「それができたら苦労しねぇんだよ! 彼女持ちだからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

「……す、すまん」

「……あ、いや。別に怒ってるわけじゃねぇけど。お前らの幸せそうな姿を見て、俺も元気もらってるからさ」

「……そ、そうか。……まぁ、優希ならきっと、彼女くらいすぐできるよ」


 俺はうなだれている優希を見て、そう励ますことしかできなかった。


「……はは。その言葉、気休めくらいにはなるかもな」


 冬休み前から思っていたことだけど、どうにも最近、優希がいつも疲れた顔をしている気がする。

 冬休みが明けても、優希の疲れた様子は変わっていなかった。むしろ、冬休み前より悪化している気さえする。


「おっはよーう! 2人とも!」


 朝の教室で俺と優希が話していると、ちようど今登校してきた美優が俺たちに話しかけてきた。


「なんの話してたの?」


 美優が俺たちにいてきたので、俺が答えようとすると、


「隼太から冬休み中の惚気話を聞かされてんだよ! 無理やり!」


 俺の代わりに優希がそう答えた。……無理やりは余計だろ。


「もう、隼太! 優希に惚気話するのは程々にって言ったじゃん! 優希には彼女がいないんだから」

「てめぇ嫌味かコノヤロウ!」


 その後も優希と美優の2人が仲良く言い合いをしていた。

 それから、美優がふと思い出したように、


「そういえば、隼太。放課後、ちょっと話があるから残ってくれない?」

「……それ、今じゃダメなのか?」

「うーん。放課後がいいかも」

「……わかった。放課後な」

「うん、よろしく」


 このやり取りが終わりの始まりだということに、当時の俺が気づくはずもなかった。


 そして、放課後。

 美優に屋上で待ってると言われたので、俺がそこへ向かおうとすると、


「ちょっと待て、隼太」


 優希が、俺を呼び止めた。


「なんだよ、優希」

「多分、これが最後になる」

「は? 何が?」

「隼太……。よく聞けよ?」


 妙に深刻そうな顔をする優希に、俺は息を呑む。

 優希がゆっくりと話し始める。


「これからお前に、どれだけ悲惨な出来事が起きても、くじけるんじゃないぞ」

「……なんだよ、それ。どういう意味だ?」

「俺はお前に何もできない。だからお前は、1人で耐え抜くんだ」

「何を……言って……?」

「最後に……これだけは言わせてくれ」


 俺の疑問に答えず、一方的に話す優希。

 俺には、彼が何を言いたいのかわからなかった。

 優希は1度、大きく息を吸い込み、


「何があっても、俺と隼太、そして美優は、友達だからな」


 どこか辛そうな表情で、彼はそう言った。

 何を、当たり前のことを……。


「これだけは信じてくれ……隼太」


 彼はそう懇願する。

 俺は、


「あったりまえだろ? 俺たちは一生友達だぜ?」

「ああ、その通りだ。隼太」


 優希が安心したような表情を浮かべる。


「隼太……。友情の、証を」


 彼はそう言って、俺に握手を求めてきた。

 俺はそれを、強く握り返す。


「頑張れよ、隼太……」

「ああ。もちろんだ」


 彼が何を言いたいのかよくわからないまま、俺はそう答えていた。


「それじゃあ、美優のとこに行ってくるわ」


 俺は優希に手を振ってから、屋上に向かう。

 その時、俺に手を振り返してくれた優希の優しい表情を、俺は今でもよく覚えている。

 優希は言った。どれだけ悲惨な出来事が起きても、くじけるな、と。

 それは裏を返せば、これから俺に、何か悲惨な出来事が起きるかもしれないということ。

 屋上に向かいながら、俺はどこかで嫌な予感がしていた。

 そしてその予感は、当たることになる。

 いや、違う。

 俺の想像を超える嫌なことが、これから起こることになる。 

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