第33話 渡來 孔美

―――― side 渡來 孔美





「あー、楽しかったなー!」


 明莉たちとやり取りを終えたスマホを手放し、自分のベッドにゴロンと転がって今日の事を思い出していると、どうしてもニヤニヤと笑みが零れてしまう。

 ちらりと見た視線の先にはお気に入りの本……ライトノベルと呼ばれるそれが並んでいた。色々と呼んでは見たけれど、やっぱり好きなのは『兄と妹』のお話。


「私にもお兄ちゃんかー、美央ちゃんにはほんと感謝だねー」


 幼馴染の明莉、親友であり姉であり……時々妹そんな関係がずっと続いているしこれからもそうなんだろう。

 でもやっぱりお兄ちゃんも欲しいなー、そう思っていた私にとって美央ちゃんの提案はまさに『棚からぼた餅』と言ったものだった。


 明莉から聞いていた相馬君は、まさに理想のお兄ちゃん……さりげなく助けてくれて、支えてくれて。

 そして美央ちゃんが言うには妹には限りなく甘いらしい。まさか、高校に入ってすぐにこんな出会いがあるなんてねー。


 今日一緒に出掛けてその優しさは私にも十分すぎるくらい与えられた……。


「お兄ちゃんのオムライス、美味しかったなー」


 作ったのはお店の人だけどー、ってそんなことは関係ないかー。ちょっとしたイタズラのつもりで「何を考えてるか当ててみてー」なんて言ってみたもののあっさりと見破られた、しかも口元にソースが付いていたなんて……!


「あ、あれは仕方ないよねー! 美味しすぎたオムライスが悪いんだからー!」


 思い出しても恥ずかしいっ! 枕をポスッポスッと叩いて気を紛らわす。


 明莉も美央ちゃんも、お兄ちゃんが大好きなんだなーって見ていてもよくわかる。あんなお兄ちゃんなら誰だって恋しちゃうよねーっ!

 

 お兄ちゃんの事を考えるとふわふわとした気持ちになって、でもどこか落ち着かない。


「お兄ちゃんも美央ちゃんも楽しそうだったよねー? 私、何か失敗とかしてなかったかなー」 


 うーん、考えても思い当たることは無いし、大丈夫でしょー!

 

 それにしても美央ちゃんが凄く可愛いのにも納得かもー? あんなお兄ちゃんに恋しちゃったら可愛くなっちゃうよねー。きっと明莉もどんどん可愛くなっていくんだろうなー。


 そんな事を考えると、胸がちくりとした……気がする。なんだろー? 

 あぁ、明莉が『初恋』をして……私が知らなかった貌をするのが寂しいのかなー? いつも一緒だし、お互いに知らない事なんてなかったもんね。

 

 もちろん、明莉とも誰々がかっこいいって話もしたことはある。例えばアイドルとか、俳優さんとか。春翔君もかっこいいねーってお互いに言ってはいたけれど、それは身近なアイドルを見るような感じだった。


 いろんな本を読んで恋愛っていいなーって憧れた事もあるけれど、あいにく私にはそんな人は居ない……でも今はお兄ちゃんが出来たからいいかなー。

  

 男の人と腕を組んで歩くのも初めてだったけど意外とすんなりいくものなんだなー、もっと恥ずかしかったり、中々組むことも出来なかったりするのかと思っていたんだよねー。


 あぁ、抱きついた腕は流石男の子! って感じだったかなー、服を着ているし当然見ただけじゃ気が付かなかったけれど、実際に触れてみればよくわかる。あれなら抱き締められた明莉がドキドキしちゃうのも仕方ないんだろうなー。


 それにあの笑顔は反則だよー! 髪で隠れていたし、メガネだからわからなかったけどさー? 腕を組んで見上げたら見えちゃうんだもんなぁ……少し隠れたあの優しい目……お兄ちゃんって妹キラーなんじゃないかなー? うんうん、あれは絶対『妹特攻』とかついてるよねー。


 あ、お兄ちゃんが選んでくれたウェアも凄く気に入っちゃった!。スポーツブラとかショートパンツやスパッツもセットになってるしいつでも使えそー! 

 それに、なんといってもお兄ちゃんとお揃いだしねー! 一緒に自主練とかしちゃったりー? くふふっ今度誘ってみようかなー、お兄ちゃんもトレーニングするって言ってたし。






「……って、えぇー!? もうこんな時間なのー!?」


 ふと時計を見た私は既に夕飯時になっているのに気が付いて愕然となる、え? うそぉ……私、そんなに長い時間……のー!?


 スマホを手に取ると明莉からメッセージが入っていた……着信にすら気が付かないくらいだったってこと!?

  

――――『今日はご飯どうする? 一応用意しておくから、食べるなら来てね』


 時間は……20分前! まだ間に合うよねー! と急いで明莉の家に向かった。



――――



「ごちそーさまでしたっ!」


 いつもの様に明莉の家でご飯を御馳走になる。

 私の家は明莉の家よりも両親の帰りが遅い……仕事柄仕方がないんだけれどねー、そんな私を快く受けいれてくれる明莉のご両親には感謝しきれないなー。


『2人も3人も一緒よ、御飯は皆で食べたほうが美味しいし遠慮しなくて良いのよ』


 そう言ってくれたのは明莉のお母さん。今日はお仕事がお休みらしく、ひまりちゃんも合わせて4人での夕御飯だった。


「あっ、孔美ちゃん、食器はそのままでいいわよ。最近はひまりもお手伝いがしたくて仕方ないみたいなの」


「おー! ひまりちゃんえらいねぇ! じゃあ私のもお願いしまーす!」


「孔美ちゃん! ひまりはもう子供じゃないんだからね!」


 明莉の妹、ひまりちゃんは大人ぶりたいお年頃かなー。でも私の事は昔から「孔美ちゃん」と呼ぶ……お姉ちゃんって呼んでくれても良いのよ?

 前にそう言ったら「孔美ちゃんは孔美ちゃん、お姉ちゃんぽくないからなー」と言われてしまったんだっけ、小学生にもお姉ちゃんとしてみて貰えない私って……どうしてよー!




「孔美、お風呂はどうするの? 入って行くなら用意しちゃうけど」

 

 明莉がバスタオルなどを用意しながら聞いてきたけれど……どうしよっかなー? 部活が始まる前に少し身体を慣らしておくのもいいかな?


「うーん、今日はうちで入るかなー。少し休んだらちょっと走って来ようかなって」


「あぁ、じゃあその後に入りたいわよね、わかったわ」


「うん、ありがとー。それじゃあおばさん、ごちそうさまでしたー!」


「またいつでも来てね、戸締りはしっかりしておくのよ?」


「はーい、おじゃましましたー」



 それじゃー、新しいウェアに着替えて少し走って来ようかなー!

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