第5話神官初級審査⑤
泣き疲れて眠ってしまったマイが目を覚ますと、その隣にはボーっと遠くの空を見つめるクルーガーが座っていた。よりかかるマイの重みを感じながら、クルーガーはホルダーに収められているダガーナイフの柄を握り、「ふう……」と深いため息をついた。
「あの、クルーさんすみません。私、眠ってしまって……」
「少しは落ち着いたか? さあ、ローラを弔ってやろう」
「……はい」
マイが力のない返事をする。
2人は立ち上がり、冷たくなったローラにお別れを告げ、祈りを捧げた。マイが、死者の魂を送るための聖歌を歌う。彼女の美しいソプラノが、優しく悲しく村に響いた。
「マリアンヌ聖教の教えだと、罪を犯した者の魂は救われないんだったか?」
「それでも、救われるように祈りを捧げることはできます。ビリーの魂も、送ってあげましょう」
「ああ、あいつだって、きっと被害者なんだからな」
2人がビリーの亡骸に向かって歩き出す。
「クルーさん、何かいます!」
叫んだマイをクルーガーがとっさに背後へ誘導し、ダガーナイフを構える。
「うーん、なぜ見破られてしまったのでしょうねぇ。上級レベルの魔導士や神官でさえ気がつかないというのに」
ビリーのそばから姿を現したレイマーが、興味深そうにマイをジロジロと見る。
「隠れてのぞきとは、いい趣味してんじゃねぇか。俺が遊んでやるよっ」
元凶はこの男だと判断したクルーガーの怒りが頂点に達する。
飛び掛かろうと姿勢を低めたクルーガーの服を、マイがギュッと握りしめた。
「クルーさん、ダメ。この感じ……すごく嫌な予感がします」
――チビも分かるのか? たしかにこいつは、人間じゃねぇ。昔に嗅いだことのあるくせぇ臭い、魔族の臭いがプンプンするぜ。
「おやおや、本当にどうしてわかっちゃうのですかぁ? 面白い子ですねぇ。では、わたくし急ぎますので、これにて失礼」
レイマーの体は徐々に透けていき、やがて見えなくなった。
クルーガーはダガーナイフをホルダーに納めて、ビリーの遺体に近づき腰を下ろす。
――あの魔族、なにが目的だ? 俺たちには目もくれずに消えやがった。あいつがビリーを変えちまったのは間違いねぇ。死体のそばで何をしてた?
次々に湧いてくる疑問に頭が追いつかない。
「クルーさん、クルーさんっ」
「ん?」
しゃがんだまま、ビリーの死体をジッとにらんで難しい顔をするクルーガーに、マイが何度も呼びかけていた。
我に返ったクルーガーが辺りを見ると、いつのまにか騎馬隊に囲まれていた。
「なんだか、囲まれちゃいました……」
立ち上がったクルーガーの手をマイがギュッと握る。
「貴様ら、名を名乗れ!」
1人の大柄な男が馬上から大声で命じる。
「人に名を尋ねるなら、まず自分から名乗るのが礼儀だろーがっ。聖教騎士団も落ちたもんだなぁ」
「なんだと!」
男が怒りをあらわにする。
――聖教騎士団!? あ、円の中に星型の紋章旗、本物のマリアンヌ聖教騎士団だ!
クルーガーの言葉で悟ったマイは、その場に跪いて名を名乗り、これまでのいきさつを説明した。
「ふむ、つまりこの村を焼き払ったのは、お前たちではなく、そこに屍となって転がっている子供の仕業だと言うのだな」
大柄な男、聖教騎士団大隊長のボーエンが、村の焼け跡を見渡しながら言う。
「さっきから、そう言ってんだろーがっ。オウムみてぇに何度も繰り返すんじゃねぇよ。バカヤロー!」
「ちょ、ちょっとクルーさん。失礼ですよ。す、すみません」
マイが何度も頭を下げる。
「娘よ、神官試験を受ける前に、従者のしつけをしたほうがいいぞ。お前たちの話には信用できないものが多い。これより、取り調べを行う。連れていけ」
ボーエンの指令で6人の歩兵がマイとクルーガーを拘束しようと近づいてくる。
「できるもんなら、やってみろよっ」
クルーガーが素早く両手にナイフを構えた。
歩兵が抜刀する。
マイはどうしてよいか分からずパニックに陥り、手足をばたつかせて挙動不審な動きをする。
クルーガーと歩兵が間合いを詰め、まさに一発触発というそのとき、1人の女騎士が疾風のごとく馬に乗ってて現れた。強引に間に入って歩兵を下がらせる。
「何をやっている! 剣を納めよ」
「ハッ。失礼しました」
女騎士が一喝すると、歩兵たちは慌てて剣を鞘に納めた。
「ボーエン、これは何事だっ」
「ハッ。この者たちが取り調べを拒んだため、拘束しようとしていた次第であります」
ボーエンは馬から降りてひざまずき、早口で答えた。
「相手は少女ではないか。剣で脅すような真似はするな。聖教騎士団の名誉に傷をつけるな。私が話を聞く。ボーエンは部隊を2つに分け、村の調査と野営の準備を行え」
「ハッ、了解いたしました」
ボーエンは彼女の指示に従い、おとなしくその場を離れた。
女騎士がマイに近づく。
背中まで伸ばした燃えるような赤髪と褐色の肌、長身で端整な顔立ちの女騎士が、しゃがんでマイに目を合わせる。
「部下が大変失礼しました。どうぞお許しを」
「いえいえいえ。こちらこそ、クルーさんが失礼なこと言ったりやったり、本当にごめんなさい。えっと、クルーさんは私の従者でして……」
マイがひたすら謝り続けるのを見て、女騎士は「フフフッ」と思わず笑みを浮かべた。
「私はマリアンヌ聖教騎士団副団長、フェンリルと申します。お話を伺いたいのですが、少しだけ従者のクルーさんをお借りしてもよろしいですか?」
「は、はい。もう、いくらでも持って行ってください」
ユーシー王国の騎士で、5本の指に入ると言われている実力者、フェンリルを目の前にして、マイはすっかり緊張していた。
「フフフ。では、お借りしますね」
フェンリルが笑顔で一礼して立ち上がり、ゆっくり歩きだす。
「クルーさん、失礼なこと言っちゃダメですよ。もちろんエッチなことも言っちゃダメですよ」
「言わねぇよ。チビはそこでおとなしく待ってろ」
クルーガーは唾を吐き捨て、フェンリルのあとについっていった。
「おーい、どこまで行くんだよー。ここら辺でいいだろ?」
クルーガーの呼びかけに応じてフェンリルが立ち止まり振り返る。そして彼の前にひざまづいた。
「レオン様、先ほどは大変ご無礼いたしました。ボーエンは大陸戦争のあとに入隊した中途組でして、レオン様のことを――」
「あー、そういうのはいいって。別にお前が悪いわけじゃねぇし」
フェンリルが顔を上げて嬉しそうにクルーガーの目を見る。
「お変わりありませんね。お元気そうで何よりです」
「元気はあるが、金がねぇ。ちなみに、やる気と根気もねぇな」
「フフフフ」
フェンリルが声を上げて笑い出す。
「ババアとクロエは元気か?」
「クレア様は先の大戦で傷を負ってから、ときどき体調を崩される日もありますが普段はお元気にしております。今は書類仕事で、剣よりペンを多く握っておられます」
「プププッ。あのババアが書類とにらめっこか。今まで戦ったどんな強敵より苦戦してんだろーなあ」
クルーガーが意地悪い笑みを浮かべる。
「クロエ様は今や立派に団長を務められております。しかし、私と2人でいる時だけ、少し寂しそうな表情をされることがあります」
「すまねぇな。これからもクロエを支えてやってくれ」
「ハッ。我が剣に誓って」
フェンリルが胸に拳を当て敬礼する。
「さて、情報交換といくか。俺の知ってることをすべて話す。聖教騎士団のこれまでの調査結果を教えてくれよ」
「レオン様にはかないませんね」
フェンリルは苦笑いすると、これまでの調査で得た情報を語り始めた――。
マリアンヌ聖教教会本部。聖教騎士団団長、クロエ・モンフォールが執務室のドアをノックする。中から「どうぞ」と返事があり、クロエは「失礼します」と言いながら入室し、椅子に腰かける年配の女性に敬礼する。
「クロエ・モンフォールただいま帰還いたしました。指揮権を副団長フェンリルに引き継ぎ、調査は継続中です」
「ごくろうさま。さあ、かけて」
「失礼します」
クロエがソファに腰かけると彼女も席から立ち、向かい合ってソファに座った。
「クレア執務次官、これまでの調査報告書です。おおまかな報告は神官から受けていると思いますが、こちらがその詳細です」
「ありがと。2人のときは母上でいいのよ、クロエちゃん」
「で、では母上。報告書を確認ねがいます」
クロエが照れながら、報告書を机の上に置く。
それを手に取り、クレアが目を通す。
報告書を読み終えたクレアが眉間にしわをよせる。
「魔族が森の結界を破壊。その結果、大型モンスターが増大。うーん、よくわからないわね。こんなことして、魔族になんのメリットがあるのかしら?」
「殺戮と破壊を好むのが魔族であり、それが純粋な欲求として表れただけなのでは?」
「聖教の教えで伝えられている魔族の性質はほんの一面にすぎないわ。クロエちゃんは、魔族と戦ったことは無かったわよね?」
「はい、私はまだ……」
「魔族も人間と同様に、色々な性格があるの。どちらかと言えば、本能や衝動で行動する魔族のほうが少ないのよ。計算高く戦略的、人間社会に類似した階級制度まで存在するの」
「魔族の社会がそこまで発展したものとは知りませんでした」
驚くクロエが目を丸くする。
「12年前に魔王軍の大規模な侵攻があって以来、目立った動きは確認されていないの。今の世代の子たちが魔族について知識がないのも無理ないわ」
「……兄上はそのとき、魔王をたった1人で退けた。そして魔王軍も撤退。そして兄上は若干17歳という若さで聖教騎士団副団長に抜擢されたんでしたね。本来であれば、団長は私などでなく兄上が――」
「クロエちゃん、それは言わない約束でしょ」
クレアが愛娘の手をそっと握った。
「すみません。団長の私が弱気になってはいけませんね」
クロエが両手でバシッと頬を叩いて気合を入れる。
「そうそう、その意気よ」
「今、兄上はどこで何をされているのでしょう?」
執務室の窓から見える真夏の入道雲に視線を向け、クロエは行方知れずの兄へ思いをはせた。
カーリック村の家屋はすべて焼失し、辺りは真黒く焦げ付いていた。聖教騎士団の隊員たちが焼け跡の調査と村人の遺体回収を行っている。火に焼かれた者たちも多く、異臭が漂う。
数時間前まで、普通に生活していた村人たち、笑顔であいさつしてくれた彼らが、理不尽にも無残な最期を迎えた。
少女の心には受け止めきれない出来事だった。
自分を本当の姉のように慕ってくれた1つ年下の女の子。
自分の力では彼女を救うことが出来なかった。
マイが自分の小さな両手を見つめる。
不意にポロポロと大粒の涙が溢れだした。
「おーい、待たせたなチビ」
話を終えたクルーガーとフェンリルが戻ってくる。
マイは慌てて涙をぬぐい、笑顔をつくって2人を迎えた。
「ご協力ありがとうございました。道中、どうぞお気をつけて。試験の無事をお祈りいたします」
「ありがとうございます」
フェンリルは気さくに手を振りながら、部隊へ戻っていった。
「さて、あとはこいつらに任せて、俺たちは試験に戻るとすっか」
「……」
「どした?」
黙り込んで返事のないマイの顔をのぞく。
「クルーさん、私に言いましたよね? 『どんな状況でも、自分が今何をすべきかを考えろ』と……」
「ああ、言ったな」
「私は、この村のひとたちに、ビリーにひどいことをした人を探します! これ以上、こんな非道をさせるわけにはいきません!」
クルーガーが「ふう……」とため息をついて、頭をかく。
マイはクルーガーの目を真っすぐに見ていた。
「ヤツを追えば、試験は不合格。神官になれなくてもいいのか?」
「後悔はしません」
「相手はおそらく魔族だ。命を落とす危険もあるが、お前にその覚悟はあるか?」
「覚悟はできています」
彼の問いに動じる様子を見せず、マイはしっかりした口調で答えた。
「まあ、チビには大陸最強の従者がついてるから、心配無用なんだけどな」
クルーガーが白い歯を見せてニッと笑った。
「はい! 私には、信仰心のかけらもなく、エッチでギャンブル好きの大陸一ゲスな従者がついてますから大丈夫です!」
「全然ほめてねーよっ!」
おどけながら、普段より大げさなリアクションで叫ぶクルーガーの思いやりが伝わってきて、マイの胸は温かくなった。
2つ目の古代遺跡からもっとも近い都市バルサは、ユーシー王国第3の人口を有する大都市である。神学校中・高等科、魔術学院、騎士学校などの教育機関が集まっているため学生の人口も多い。
すでに2つ目の古代神殿で洗礼を済ませたエリーゼたちは、高級宿泊施設の大浴場で旅の疲れを癒していた。
「ねえルカ、明日は神学校の見学に行きましょう。寮を見ておきたいの」
「……」
湯船の中で話しかけるエリーゼに対してルカは沈黙する。
「どこか他に行きたい所があるのかしら? それなら、ルカの希望の場所に行きましょ。神学校の見学はそのあとでいいわ」
「アタシらの洗礼はもう済んだ。だからパーティ抜けてもいいだろ? マイのペースが遅れてる。このままだとマイは不合格になっちまう。マイのパーティに入ってもいいだろ?」
「ダメ、絶対にダメよ」
エリーゼの口調が厳しいものに変わった。
「なんでだよ? マイのどこがそんなに気に入らないんだよ?」
「これは試験なのよ。神官にふさわしい者かどうかが試されているの。私は従者を引き連れ、旅に必要な物資と十分なパーティメンバーをそろえた。あの子が1人で試験に臨まなけらばならないのは、その程度の資質しか持っていないということ。つまり、神官にふさわしくないということよ」
あきれた様子でルカが首を横に振る。
――エリーゼ、あんたは全て父親にそろえてもらったんだろ。マイがバルサに到着したら、このパーティを抜け出そう。絶対マイを不合格なんかにさせない!
心に強く誓ったルカは1人で大浴場をあとにした。
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