七英雄の円卓会議 その2
スキルを身につけるには、特定の行動を何度も繰り返す必要がある。
楽器演奏、各種スポーツ、絵描き、プログラミング、そしてナンパ……一定以上の深みを持つあらゆる活動は、特定の行動の繰り返し、すなわち練習によってスキルを身につける必要がある。
スキルはただ身につけただけでは役に立たない。何度もそのスキルを繰り返し発動し、熟練度を深めていく必要がある。
そうすれば『深呼吸』といった単純なスキルが、無限の深みと広い活用法を持つ玄妙な技として自らの中に立ち上がってくる。
だがそのレベルに達するには繰り返しの練習が必要であり、それは往々にして人に精神的ストレスを生じさせる。
だから人はスキルの習熟を途中で諦めて投げ出してしまう。ユウキも何度、ナンパの訓練を投げ出そうとしたかわからない。
だがいまだユウキが安定してナンパを続けていられるのには理由があった。その理由のひとつは、ユウキが『ルーティーン』を活用していることである。
ルーティーンとは決まりきった行動のパターンのことだ。それは特定の時間やシチュエーションに結び付けられており、条件が整ったときに自動発動されるようセッティングされている。
たとえば多くの人は朝起きると自動的に洗面所に向かって顔を洗い歯を磨くというルーティーンを持っている。
歯を磨き、顔を洗うという行為はかなり複雑なものだが、多くの人は何年もそのスキルを繰り返し実行し、習熟レベルを高めているので、ほとんど無意識レベルで発動できるようになっている。
同様にユウキは、『早朝にソーラルの噴水広場でナンパする』というルーティーンを身につけつつあった。
このルーティーンにより、ナンパスキルの開発という精神にとって高負荷な活動を、ユウキは低ストレスで続けることができているのであった。
だがルーティーンは常に崩壊の危機にさらされている。なぜなら『ルーティーンの実行』というタスクは、一見、重要性が低く見えるからである。
事実、今日一日ナンパしなくてもすぐに問題は生じない。ナンパなどするより、目の前の会議に集中することの方が大事に思える。
なぜならばこの会議は世界の命運を決める超重要な会議なのだから。
(いや……騙されちゃダメだ。何が重要で、何が重要でないかを決めるのはオレなんだ。世界の不沈よりも、今日、ナンパすることの方が明らかにオレにとっては重要なんだ!)
社会の荒波に飲まれて自分の夢を忘れそうになったユウキは、危ないところで自分の人生の優先順位を思い出すことに成功した。
(一日でもナンパしない日ができるとルーティーンが崩れてしまう。一日のルーティーンの崩れはいずれ俺の人生を破壊するだろう)
それを防ぐためにはナンパをしてルーティーンを立て直すしかない。だがこの円卓は次元の狭間にあり、ユズティの助けがなければ外に出られない。
だったらここでやるしかない。
この円卓会議の場で。
ナンパを。
ユウキはすっと目を細めると各種スキルを発動してコンセントレーションを高めた。それからスキル『世間話』を使ってユズティに話を振ってみた。
「最近どうなんだ? なんか面白いことあったか?」
「そうですね。まずは最近の世界情勢を皆様に簡単にシェアさせていただきます」
ユズティは光の魔法により空中にディスプレイを投影すると、そこに現在のアーケロン平原を映し出した。
そしてアーケロン平原の北方に広がる峻厳な山脈をユズティは指差した。
「『玉座山脈』の切れ目にある『アゾラ谷』に、ハイドラおよび大オーク帝国による連合軍が集結しています。『絆の砦』を守るためです」
北方の『霧の墓標』の向こうに捨てられた邪神の遺骨から大型邪神群が蘇りつつある。その闇の軍勢がアーケロン平原に侵入してくることを防ぐ最重要の要塞、それがこの『絆の砦』とのことである。
絆の砦を落とせば大型邪神群と、その闇のオーラに当てられて蘇った邪悪な妖魔と死者たちは雪崩を打って谷を超え、アーケロン中央部へと流れ込み、人々の生きる村と街を蹂躙しつくすだろう。
そんなユズティの言葉を引き継いで、この大規模バトルの当事者である姫騎士ココネルとオーク儀杖衛兵隊のハンズ隊長が、『守りの砦』でのいつ終わるともしれぬ防衛戦の日々について皆に情報をシェアした。
二人の弁によると、直視するだけで人を発狂させる邪神群が、連日、砦に押し寄せ続けているという。
ユズティが補足した。
「姫騎士が持つ神の力による加護と、オークの強靭な肉体がなければとっくに砦は陥落しているでしょうね」
そんな重大な防衛戦の指揮を取る姫騎士とオークは、この会議が終わったらすぐにまたソーラル市庁舎に隠された古代転送ポータルを通って砦に戻り、戦火に再び身を投じるそうだ。
「おいおい、そんな大変なことになってたのかよ。シオン、知ってたか?」
ユウキが小声で聞くとシオンはうなずいた。
「もちろん。大きな力と視野を持つ者なら誰でも知ってる常識だよ」
「そ、そうだったのか……」
塔に帰ったら、叡智のクリスタル経由で世界情勢について少し調べてみようとユウキは決意した。
一方、ユズティはディスプレイを操作し、画面のフォーカスを北方の砦からアーケロン平原中央部へと移した。
「では次に平原内部の情勢を説明します。『玉座山脈』と『絆の砦』によって北方の闇から守られたアーケロン平原内部にも、闇の噴出点があります。多くの不浄な古代遺跡、穢れた祭壇から妖魔が覚醒めつつあります。その討伐と要所の防衛に、暗黒戦士の皆さんがあたってくれています」
アトーレが重々しくうなずいた。
「うむ。エアレーズの裏切りにより、崩壊、離散した我ら暗黒戦士であるが、暗黒の力を保つ者は再び集って暗黒評議会を再建しつつあるのだ。エグゼドスとの古の約束を果たし、『闇の伴侶』を受け取るまで、我ら、戦いをやめるつもりはない」
瞬間、アトーレと怨霊たちの視線がユウキに向けられた。ユウキは寒気を感じて震え上がりつつ目をそらした。
ユズティは次に、冒険者ギルドの最高顧問のエルフに目を向けた。
「そして、ここソーラルの地下に広がる大穴の迷宮にも、最大の悪魔噴出点があります。迷宮の最下層にある『地獄の門』を閉じるために、今、冒険者の方々が頑張ってくれていますね」
ユズティの言葉を引き継いで、冒険者ギルドの最高顧問であるエクシーラが、地獄の門での血で血を洗うバトルの模様を臨場感豊かに解説してくれた。
エクシーラの解説によれば、地獄から湧き出る高位の悪魔たちは、大穴の迷宮を駆け上り、市庁舎の破壊を目論んでいるらしい。
ユズティは言った。
「市庁舎の破壊は、受信機……天から降り注ぐ光の魔力を受け止める装置が使えなくなります。そうなると、北方の『絆の砦』に光の魔力を供給できなくなります」
現在、ミスリルの送魔力線によって『絆の砦』に光の魔力が大量に送られている。
姫騎士ココネルが光の魔力をまとめ上げ、それをゴゾムズの加護とし、騎士とオークに邪神からの精神防護を付与している。
この戦法が使えなくなれば、邪神は砦を突破し、アーケロン平原の各種インフラと社会秩序を破壊する。そうなればソーラルのインフラに依拠する冒険者たちの活動量も大きく低下することが予想されている。
「なるほど。ソーラルと北の砦、地理的には大きく離れているが、どちらかが欠けるともう片方も機能しなくなるってわけだな」
「ええ。北方から押し寄せる巨大邪神群と、地獄の門から噴出しようとする悪魔の軍勢、その両方を押し留めなければ私達に未来はありません」
「今のところ、地獄の門の封鎖も、北の砦の防衛もうまくいっているんだろ?」
ユウキの問に対し、姫騎士、オーク、エルフら関係者たちは自らの実体験から来る所見を述べた。
さらに市長代理は限りなくファクトに近いと思われるデータから職員が弾き出した未来予想をディスプレイに投影した。
「ご覧のように物理的なレイヤーでの防衛は今のところうまくいっているようですね」
ここでユウキは口を挟んだ。
「あ、そうそう、あんたらは興味ないかもしれないが、闇の塔でも似たような戦いが続いているから報告しておくぞ」
ユウキはシオンに頼み、闇の塔の防衛戦に関するデータをホログラムディスプレイに表示させた。
他陣営から驚きのざわめきが上がる。ユズティが目を丸くしながら言った。
「闇の塔の防衛戦のことは知っていましたが、改めてデータを見ると、驚かざるを得ません。この戦力比でよく勝ち続けてきましたね。さすが闇の塔、戦闘のプロフェッショナル集団なんですね」
戦闘に関してまったく重きをおいていないユウキとしては特になんとも思わなかったが、隣に座るシオンはかなり自意識をくすぐられているようだ。
「いや、それほどでもないよ」などと言いつつ顔を赤らめている。
「とにかくだ。オレらはしばらくは安定して勝ち続けられそうな体勢を整えつつある。あんたたちも、勝つことはなくても負けることはなさそうだな」
「ところがそうでもないのです。これを御覧ください」
ユズティはディスプレイに新たなグラフを表示させた。その二つの折れ線グラフはどちらも右肩下がりになっており、近日中に何らかのしきい値を下回ることが見て取れた。
「なんだこれは?」
「このグラフは冒険者と防衛軍の心理的安定性を表しています」
「ということは点時間が経つに連れて、各陣営のメンタルヘルスが危うくなるってことか?」
「ええ。初代市長の言葉に『闇と戦うものはいずれ自らが闇と化す』という警句があります」
「まあ……邪神やら悪魔やらと毎日、血みどろの戦いをしていたら、当然、雰囲気は悪くなるだろうな」
「グラフのこのラインを御覧ください。この閾値よりも精神安定性が失われた集団は、闇の女神の精神支配に屈することが予想されています」
「おいおい、まじかよ。闇の塔にも頭のおかしくなった集団が攻めてきてるが、あんな風に、大オーク帝国、ハイドラの騎士団、冒険者ギルドまでもが敵になるってことか?」
「ええ。すでに各集団の中で闇に接しすぎた個人は、闇の女神の精神支配の道具である『闇の種子』を受け入れつつあるようです」
ユウキの脳裏に、闇の女神の手先と化した者たちの姿がよぎった。
アトーレの師であり暗黒評議会を崩壊に追い込んだ暗黒戦士エアレーズ。黒死館の首領、ゴルゲゴラ。平等院を率いるグルジェ師。
「どうすんだよ。これまでも闇の女神に洗脳された奴らには大変な目に遭わされてるんだ。これ以上、洗脳された奴らが増えたら絶対に負けるぞ」
「ええ。ですから、この問題への解決策となるアイデアを、この会議で出そうというのです」
ユズティは真剣な顔で、円卓に集う者たちの顔を見つめた。
「…………」
しばし円卓に無言の帳が降りる。
やがてパラパラと挙手があり、散発的に解決策のアイデアが出された。
しかしどれも有効に機能するとは思えないアイデアばかりだ。
ユウキも一応、頭を捻ってみたが何も浮かばなかった。
しかたない。
今の自分にできることをやっていこう。
ユウキはアイデア出しは他の参加者に任せて、ナンパに集中することにした。
円卓に集う者たちのほとんどとは、すでに顔見知りになっている。それゆえに街角で行うナンパに比べ、難易度は低い。
会議の文脈に沿いながらも、問題解決ではなく、トキメキや楽しさを生み出すことを目的として各陣営の異性に声をかけていく。
目前に迫る世界の危機をナンパのためのトーク材料とし、ゴライオンの孫や、姫騎士や、ラチネッタの母との会話を盛り上げていく。
しかしユウキとて、このような重大な会議内でナンパすることを、まだ心の底から納得できているわけではなかった。
いくつもの不安や心理的葛藤が、ユウキのナンパトークの滑らかさを妨害した。
「…………」
まず、いつまで経っても誰も世界を救うためのアイデアを発案しないことがユウキを不安がらせた。
このままでは地底で、北の砦で、今も戦い続けている戦士たちの雰囲気が悪くなってしまう。
雰囲気が悪くなりすぎた集団はブラック企業のごとき邪悪なグループと化し、自らの中に闇を受け入れてしまう。
結果として、戦士たちは協力することをやめ、蠱毒の壺の中の虫のように互いに攻撃し合い、裏切り合い、闇の女神への防衛力は失われ、世界は滅ぶ。
それを阻むアイデアを生み出し、しかもそれを闇の女神に秘匿できる場は、この円卓会議をおいて他にはない。
だというのに全くいいアイデアは生まれないどころか、参加者の不安と焦りがハウリングし、この円卓の雰囲気までもが刻一刻と重くなっていく。
司会者のユズティもその悪い流れに飲まれており、雰囲気の悪化を制御できていない。結果、刻一刻と空間に満ちる光の量が減りつつある。
シオンが呟いた。
「まずいね。このままだと、この円卓にかけられた光の魔法が溶けてしまうよ」
このままでは世界を救うためのアイデアを何も生み出せず、ナンパもできぬまま円卓会議が終わってしまう。それは避けなければならない。
ユウキは各種スキルを発動して、せめてナンパだけでももう少しやっていくことにした。
重苦しい会議の合間に、さりげなく世間話を混ぜ込んでいく。
世間話の定番である出身地の話題や、その地方の名物についての話題をエルフや猫人間に振っていくうちに、少しずつ円卓の雰囲気がほぐれてきた。
しかしまだまだ皆の表情は暗く、ユウキもナンパをフルパワーでやることが憚られていた。
(だいたいここにいる奴らは半分以上、身内みたいなもんだ。すでに家族のように仲良くなってる奴らをナンパすることに何の意味があるんだ?)
(そもそもナンパとはあくまで性的なコミュニケーションを求めてやるものであって、友人の母や孫などという、性の対象として見てはならない相手をナンパする意味はあるのか?)
などなど、この円卓会議でナンパすることへの疑問が、脳裏にいくつも浮かぶ。だがそれらにいちいち対処していても仕方がない。
ユウキはスキル『無心』を意識的に強く発動すると、とにかく話が弾みそうな相手に対して次々と話しかけていった。
しかし皆の意識はあくまで『世界を救うためのアイデアを生み出すこと』に向かっている。だからその話題から離れすぎること無く、それでいて適度に人と人との交流による面白さが生まれる会話を心がける。
また、自分ひとりが喋っていても、場はそんなに温まらない。場が冷えていれば、のびのびとナンパすることは難しい。よって円卓のメンバーとメンバー同士が自発的に会話し始めるような流れを意識的に作っていく。
やがて各メンバーが円卓から身を乗り出し、より効率的な戦略と戦術について、互いに熱く話し込み始めた。
ユズティは各種の意見をまとめるため、、黒板のごとき平面状のディスプレイを光の魔法で生み出した。
円卓のメンバーは席から立ち上がって、その黒板風ディスプレイに次々と新たな意見やアイデアを書き込んでいった。
(よし、この状況なら個別に深くナンパできるぞ……)
ユウキも席から立ち、ラチネッタの母、強く大人の魅力を放つシマリエリに近づき、しばしの会話ののちに連絡先を聞き出した。
さらに老ドワーフの孫のミニアに近づいていく。
小学校のクラスで一番輝いている美少女のごとき可愛さを放つミニアとしばし話し込む。
するとミニアは見かけだけでなく実年齢も小学生相当であることがわかった。
(ま、まじかよ……連絡先を聞くのはやめておこう)
だがミニアは祖父の酒量が減ったことに関して元からユウキに好意を抱いていたらしい。
「ユウキお兄さんと会ってから、おじいちゃん、毎日イキイキとしています。お礼がしたいので、ユウキお兄さんの連絡先、教えてもらえますか?」
「あ、ああ……いいけど……いいのかな……」
ユウキはおずおずと十二歳の少女と石版を同期した。
*
結局ユウキは、すでに知っている者以外全員と連絡先を交換してしまった。
その中にはかつて自らを激しく犯しまくったオークのハンズ隊長までもが含まれていた。
まあハンズは男として接するには気持ちいい相手であった。儀杖衛兵隊、そして現在は防衛軍の隊長を務めているだけあって、近くにいると大木により掛かるような安心感がある。
「今度、飲みに行こう」オークは大きな手でユウキの背を叩いた。
「お、おう……」
断ることができぬままユウキは曖昧にうなずいた。
会議の雰囲気はどんどん良くなっていった。
『戦闘による雰囲気の悪化』という問題を解決できぬ限り、いずれ各勢力が闇に飲まれ、互いに殺し合いを始めることは必定である。
だが、とりあえず今この瞬間、和気あいあいとした雰囲気が円卓には流れている。
まったく何一つ根拠のないことではあったが、なんとなく良い方向に物事が流れていきそうな予感が生まれつつあった。
その予感がしきい値を超えて高まったときだった。市長代理にしてこの会の司会進行を務めるユズティがふいに叫んだ。
「わっ、わかりました!」
「何がだ?」
「闇と戦いながらも、集団の雰囲気を悪化させず、プラスに保つ方法です」
「まじかよ。どうやってやるんだ?」
ユウキの質問とともに、円卓に集う者、全員の視線がユズティに注がれた。
ユズティはユウキを見つめ返した。
「あなたの力を使うんです。ユウキ……あなたの、和を生み出すその力を」
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