第9話 撮影会
今日も闇の塔は崩壊の危機に瀕していた。
これまでユウキは『スマホいじり』『エッチなコンテンツ鑑賞』という活動により、塔に細々とエネルギーをチャージしてきた。
だが本日、朝も早くからスマホをいじっているのだが、魂力はまったく貯まらなかった。ユウキの魂はスマホいじりに飽きてしまったのか。
また、エッチなコンテンツを見てもなかなか性的欲望が沸かなかった。昨日、そういったものを過剰に見過ぎたためか。
なんにせよ、このままでは塔は夜にも崩壊してしまう。
だが……ナンパしにソーラルに行く気にはなれない。
スキル『基本会話』はわずかに稼働していたが、その他のスキルは全体的にダウンしたままである。
ナビ音声との通信もいまだ途絶されている。
折れた足は塔内を軽く歩くぐらいには回復しつつあったが、ソーラルに行くにはまだまだ不安が残る。
気力の最大値も半減したままだ。
こんな状態でソーラルに行っても良い結果が得られるとは思えない。
それに、なんとなく直感的に、今はまだ塔に引きこもっているべき時と感じられた。
この薄暗い塔で、オレには何かやりたいことがある気がした。
それをやれば魂力が大きくチャージされるような、オレの魂がそれをすることを深く望んでいるアクションが、何かある。
そんな気がした。
だがそれはいったい何なのか?
オレは何がやりたいのか?
そんなことを朝食時に食卓でフォーク片手に考えていると、ゾンゲイルの声がかかった。
「どうしたの? ユウキ」エプロンがよく似合っている。
「ああ……今日は何して過ごそうかなって」
「私、ソーラルに行く前にユウキと何かしたい」
「何か?」
やがて朝食の後片付けを終えたゾンゲイルは言った。
「遊びたい。ユウキと。」
「…………」
ユウキ的にも朝から晩まで働き詰めな彼女に、何かひととき楽しい時間を提供したかった。
だがスマホに脳を支配されているオレとのコミュニケーションなど、娯楽コンテンツとしては最低ランクのものである。
そんなものに彼女の大切な時間を無駄に使わせたくない。
「…………」
だというのにゾンゲイルはユウキの前で、そわそわとエプロンの裾を握りしめたり手放したりを繰り返している。
よっぽど遊びたいのであろう。
「わかった。遊ぶか」
「いいの?」
「あ、ああ。行こうぜ」
シオンとラチネッタは、猫人郷にあるという『ハートのクリスタル』について何事かを語り合っている。
二人を食卓に残し、ユウキはゾンゲイルと共に食堂を出た。
だが……どこに何しに行けばいいのか。
与えられた無限の選択肢がユウキを恐れさせる。
オレの部屋は……やめておこう。密室で二人きりになると余計に緊張が加速しそうだ。
「…………」
ユウキはなんとなく重力に引かれて螺旋階段を下り、塔の外に出た。
朝日がユウキを眩しく照らす。
「……ふあー」
爽やかな朝の空気が若干ではあるが、ユウキの緊張を解きほぐした。
眩しさに慣れた目で辺りを見る。朝露が塔の回りの雑草を濡らしていた。
雑草は短く刈り取られており、清浄な芝生のごとき空間を塔の周りに作っていた。
そんな緑の上をゾンゲイルが歩く。
彼女を朝日が照らす。
だがその女神のごとき姿がユウキの居心地を悪くさせる。
ユウキは思わずポケットからスマホを取り出した。
「なに見てるの?」ゾンゲイルは駆け寄ってきて、横からスマホを覗きこんだ。
「あ、いや……」
「最近、いつも見てるのね。その機械」
「う……」
ユウキとしても、できることならこんな板のことは忘れて、朝日の下、ゾンゲイルとのびのび遊びたかった。
だが……魅力的すぎるものは、ときに恐怖の対象となる。ゾンゲイルの魅力を恐れるオレの心と体は、安心安全なスマホいじりに逃げようとしている。
ああ……スマホの画面越しであればどんな魅力的な異性であろうとも安心して眺められるというのに。
なぜだ。
画面を経由しないダイレクト空間での交流は、なぜこんなにもオレの心をかき乱すのか。
いっそゾンゲイルがスマホ画面の中の存在であればいいのに。
「…………」
と、ここに至りユウキは閃いた。
そうだ。スマホだ。
スマホを使って交流すればいいんだ。
「ユウキ……何してるの?」
「ちょっと待ってくれ。今、カメラを起動してる」
「カメラ?」
「ああ。この機能を使えば、ゾンゲイルの姿を映像として保存できるんだ」
「保存? 私を?」
ゾンゲイルは口元を手で覆うと目を丸くした。
「……ダメか?」
「ダメじゃない。やって!」
*
塔周りをうろつきながらゾンゲイルの撮影会が行われた。
ユウキのスマホは最新のものではなく、ポートレートモードなども付いていなかった。
しかし被写体がいいためか、何をどう撮ろうとも最高の写真が撮れた。
フィルターなど一切かける必要もなかった。
最初、ゾンゲイルは写真撮影という概念を理解していなかった。
だが、スマホがリズミカルにシャッター音を響かせるごとに、彼女はのびのびと多様な姿勢と表情をレンズの前に見せるようになった。
そう言えば星歌亭でも大いにステージ映えしていた。もしかしたらゾンゲイルは人の注目を浴びることが得意なのかもしれない。
そんなことを思いながらシャッターボタンを押す。
思わず声が漏れる。
「お、いいぞ。その感じ」
写真撮影、ましてやモデル撮影などという趣味は持っていなかったユウキであったが、今、コスプレイヤーに群がるカメラマンの気持ちが少し理解できた気がした。
これは楽しい。
カメラのレンズを介することで、対象と安心安全に向かい合える感じがする。
ゾンゲイルを撮影しながら塔の回りを一周した。
炭化した樹木の妖魔の残骸や、野天風呂や、塔から崩落した石材の前などで、様々なポーズの写真を撮った。
「ふう……こんなところか」
「見てみたい。いい?」
横からスマホを覗きこんできたゾンゲイルに、ユウキは写真アプリを見せた。
ゾンゲイルは息を呑んだ。
「嘘。これが私?」
「綺麗に撮れてるだろ」
ゾンゲイルは顔を真っ赤にした。
「そんなこと……ない」
「最高だよな」
「……その機械とユウキのおかげ」
謎の謙遜を見せるゾンゲイルと塔に戻る。
途中、ふと思い立った。
「あのさ」
「何?」
「こんなこと頼んでいいかわからないけど……」
「ユウキの頼み? 聞く!」
「この写真を……いや、やっぱりダメだ……」
ふと閃いた自分のアイデアを強く却下する。
こんなこと、したらいけない。
絶対に、ダメだ。
だが……。
「なんなの? 言って!」
ゾンゲイルがガクガクとユウキの首を揺さぶった。
「うええ。わかった、言う……ふと思ったんだ。この写真、凄く綺麗に撮れてるから、皆に見せたいな、って」
「ユウキがそうしたいなら、自由に見せて。シオンとラチネッタに」
「いや、もっと多くの人たちに見せたいんだ。ゾンゲイルの写真を、オレの世界の人たちに、ネットを使って」
ユウキはSNSにゾンゲイルの写真をアップするというアイデアについて、恐る恐る彼女に説明した。
「すごい! そんなことできるのね。やって! ぜったい!」
*
撮影会のあと、ゾンゲイルはラチネッタとソーラルに出稼ぎに出た。
自室にこもったユウキは、さきほど撮影した写真をインスタグラムにアップしていった。『コスプレ』『ファンタジー』などというタグと共に。
『本当にこんなことしていいのか?』という罪悪感を覚えながら反応を待っていると、しばしのタイムラグのあと、凄まじい勢いで『いいね!』がつきはじめた。
かつて体験したことのない『いいね!』の量に、ユウキの心の歯止めが壊れた。ユウキは止め処もなくその写真をシェアし続けた。
まず自分のフェイスブックに転載した。『オレの友達のコスプレイヤーを撮影しました!』というコメントと共に。
しばしのタイムラグののちに大量の『いいね』がついた。
ついでその写真をツイッターと自分のブログに転載した。瞬く間に多くの『いいね』が付き、リツイートされ、ブログのPVは垂直に急上昇し、スマホに大量の通知が届いた。
「うおお……!」
かつて一度も体験したことのない反応に陶然となっていると、シオンがまたノックもなく部屋に駆け込んできた。
「ユウキ君!」
「おっ、お前、ノックぐらいしろよ!」
「魔力が、魔力が……!」
「魔力がどうしたってんだよ」
「凄い勢いで塔にチャージされてるんだ!」
「はあ? なんでだ」
「君の魂力が今、大量に湧き出ているんだよ! それが魔力に変換され塔にチャージされているんだよ!」
「ま、まじかよ……!」
「これで数日は僕たち、生きていけるよ!」
シオンは泣き顔で抱きついてきた。
どうやら人知れず魔力不足のストレスに苦しんでいたらしい。哀れな子供のように泣きじゃくっている。
「お、おう。よかったな」
シオンをやんわりと部屋から押し出しつつ、ユウキも一安心してため息をつき、ベッドに横になった。
「はあ。助かった……さて、と」
一安心したことで、ふいにエッチなコンテンツへの欲求が回復してきたのを感じた。
「よし。こっちの方でも魔力を稼いでおくか」
午後、ユウキはエッチなコンテンツを見てシオンに性欲を送り、それを魔力に変換させ塔にチャージさせるという作業に時間を使った。
そして日が暮れたころには巨大カエルに送迎され、迷いの森の精霊と会い、自然エネルギーをチャージしてもらうという日課を繰り返した。
夜にはゾンゲイルとラチネッタがソーラルから帰ってきた。
しばらくすると敵襲があった。
今夜は『生ける屍』三体が塔に向かってきた。
ゾンゲイルが鎌による攻撃で一体の胴を両断した。
指輪で不可視化されたラチネッタがその素早さを活かし、短剣による致命の一撃で二体を仕留めた。
シオンは今夜も攻撃魔法を使わずに済んだので、今日稼いだ魔力の多くを明日に持ち越せる。
そのためか、夕食の席にはゆとりと安心感があった。
ラチネッタとゾンゲイルの稼ぎにより、ごくわずかであるが金も貯まりつつある。
「……ふう」
どうやら明日、死ぬことはなさそうだ。
その安心感と食事の美味しさが、やはり今夜もユウキに付与された会食恐怖を少しずつ和らげていった。
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