第3話 オーバーヒート
とにかく気力を回復しなければ何もできない。
「…………」
ユウキはゲストルームのベッドで毛布を被った。
しかし今朝の自分の暴言がブーメランのようにユウキを責めさいなむ。
『ちょっと派手な戦いを体験したぐらいで自分のライフワークを手放す奴は動物以下だ』
確かにオレは動物以下だ……!
ナンパを始めようとしてまだほんの数日しか経っていないのにオレの心は折れかけている。
ブログだって一日一記事書くのがやっとだった。しかも気分の浮き沈みによってすぐに更新停止してしまう。
何をやっても長続きしないのがオレだ!
「…………」
そんなオレがラチネッタにあんな大口を叩いてしまった。
ラチネッタだけではない、ここ数日、いろんな人相手に大口を叩いている。
なんて失礼で迷惑な奴なんだ、オレは……。
「あああ……」
状態異常『自責』によってユウキの気力は急速にゼロに近づいていった。
夕刻、ゾンゲイルがトレイに夕食を載せてゲストルームに持ってきてくれたが、ユウキはベッドに半身を起こすのが精一杯だった。
「元気、ないのね」
「…………」
スキル『基本会話』が働かない。
イエス、ノーを答えることすらできない。
「食べて。おいしいから」
ゾンゲイルはゲストルームの文机にトレイを乗せた。
ユウキはもそもそと食事を口に運んだ。
おいしいはずだったが味はよくわからなかった。
「…………」
食後、しばらくすると、またゾンゲイルがゲストルームにやってきた。
塔の前に、また巨大カエルの迎えが来たという。
怪我を癒すために、今夜もユウキを迷いの森の精霊のところに連れていきたいという。
「いやなら行かなくていい。追い払うから」
「……行くよ」
ユウキはゾンゲイルの肩を借りながら階段を降りて塔の外に出た。
ゾンゲイルは塔の前に佇むカエルを鋭く威嚇した。
「ユウキを傷つけたら、私、殺しに行くから」
「……ケロケロ」
巨大カエルは舌を伸ばしてユウキを捉えると、口にくわえた。
そして迷いの森に向けて大きく跳躍した。
*
やがて巨大カエルとユウキは森の奥の沼に着いた。
沼の小島に吐き出されたユウキは、夜露に濡れた草の上で森の精霊と会った。
夜空は曇っており星は見えない。
何も見えない暗闇が湿った小島を覆っている。
精霊の姿もよく見えない。
そもそも人間の形を持っているのかも定かではない。
ただ仄かな暖かみが近づいてきたのを感じる。
「よく来てくれたのう」
「お、オレは……」
やはり基本会話スキルがうまく働かず、何を言ったらいいのかわからない。
そもそも昨夜に続き、自分がなぜここにいるのかもよくわからない。
「緊張せずともよい。今夜もわらわの自然エネルギーを送るだけじゃ。目を閉じて身を任せるのじゃ」
「…………」
ユウキは濡れた草に横たわると、ゲコゲコと鳴く巨大カエルの傍らで目を閉じた。
森の精霊はユウキの胸にそっと手を載せると言った。
「おぬし、今日、どこかを歩きまわったようじゃな」
「…………」
「そんなことでは十日で足は治らぬぞ。明日からはもっと体を休めるのじゃ」
精霊はより強くユウキの胸に手を押し当てた。
そこでユウキは気を失った。
塔の前で目が覚めた。
巨大カエルが連れ帰って来てくれたのだ。
巨大カエルは大きな口を開けてゾンゲイルにユウキを渡した。
「また明日の夜も来るケロケロ」
ゾンゲイルは粘液まみれのユウキを受け取ると、しばしためらってから、カエルに向かってうなずいた。
*
夜、ゲストルームで再び『自責』を抱えていると、シオンがやってきた。
シオンは椅子をベッドの枕元に寄せると腰を下ろした。
ユウキは反射的にベッドの端に遠ざかった。
するとシオンはユウキの顔を覗きこんできた。
「どうしたんだい? ユウキ君……まるで僕を怖がってるみたいじゃないか。そ、そうか……」
シオンはふいにユウキの額に手を伸ばしてきた。熱を測るようにユウキの額に手のひらを当て、しばし瞑目すると言った。
「やっぱり……君のスキルシステムは今、オーバーヒートしてるんだね。気づいてあげられなくてごめんよ」
「…………」
「昨日、ユウキ君は頑張りすぎたんだ。その過負荷で君のスキルシステムは働きを停止してしまったんだ……」
「……い、いつ治る?」
「それはわからないよ……人の心は繊細だからね」
「は、早く魂力を溜めないと……」
だがシオンは言った。
「……このあと僕たちがどうなっても……僕は感謝してるよ、ユウキ君に」
戦時下にきらめく一瞬の生命の輝きのような、儚くも美しい雰囲気がゲストルームに立ち込める。
馬鹿か、辛気臭いこと言うなと『暴言』を吐きたかったが、本当にスキルがまったく使えない。
しばし沈黙が流れる。
また死亡フラグ的な雰囲気が強固にセッティングされていくのを感じながらも、スキルが使えないユウキにはどうすることもできない。
やがてシオンは塔の状況についての報告を始めた。
グッドニュースのようであり、ユウキは部屋の雰囲気が明るくなることを期待した。
だが……。
「各クリスタルの成長状況がわかったよ。一階にある『質料のクリスタル』は物質生成能力が一割増しになったんだ」
そう語るシオンの表情はなぜか依然として暗い。
「七階の『次元のクリスタル』にも、面白い能力が芽生えていたよ」
「…………?」
「次元間ポータルをね、魔力の消費なしで、君の世界に恒常的につなげる能力が開花したみたいだよ」
「ま、ま、ま、まじかよ!」
だがシオンはうつむいている。
「……喜ばせてごめんよ。その能力で開けられるポータルの直径は、せいぜい五センチ程度なんだ」
「…………」
ユウキはため息をついた。
確かに、直径五センチのポータルでは、何の役にも立ちそうにない。
「二階の『生命のクリスタル』もパワーアップしたよ。だけど大地に満ちる闇の魔力の量が少なすぎるんだ……やっぱりこの塔は、明後日には崩壊するみたいだよ……」
シオンの報告によって部屋の雰囲気は明るくなるどころか最低レベルにまで暗く落ち込んでいった。
「…………」
どうすればいいのだろう?
今夜も森の精霊と会ったが、ナンパしているわけではないので特に魂力はたまらなかった。
明日、再びソーラルに出かけたとしても、今日と同様、石化して動けなくなるのは目に見えていた。
スキルが使えない今、魂力を貯めるすべは無いように思えた。
役立たずな自分への自責がさらに強く付与される。
「す、すまん……」
思わずユウキは謝っていた。
瞬間、シオンが叫んだ。
「謝らなきゃいけないのは僕だよ!」
「……は?」
「わかってるのかい? 今……塔が崩壊したらユウキ君も死ぬんだよ!」
シオンは早口で語った。
先日の樹木の妖魔との戦闘中、ユウキの魂力が塔にダイレクトにチャージされた。
それは今、ユウキと塔が結びついてしまったことを意味している。
生命のクリスタルを使って魂力のチャージを数度、繰り返すことにより、ユウキと闇の塔が、目に見えない絆によって深く結び付けられ一体化してしまったのだ。
かつてソーラルに旅立つ前に懸念されたことが現実化してしまったのである。
「だから……塔が崩壊する明日には、君も……」
シオンは赤い瞳をユウキに向けた。
「ごめんよ……どうか許してほしいんだ……僕にできる償いならなんでもするから……」
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