一度きりの新婚旅行(3)

 気がつけば、目を閉じていた。



周囲が何やら騒がしい。



空気の抜ける音、人だかりの音が私たちを突然取り囲んだ。



私は静かに目を開ける。



私はハンドルを握っていた。



ハンドルには血が付いている。



私の頭から首筋を通り血が流れる。



ボンネットからは白い煙が立ち、フロントガラスは割れていた。



助手席を見ると、大きく変形してガードレールにめり込んでいる。



そのめり込んだ中に、妻が大量の血を流して意識を失っていた。



妻の服は血で染められて、元の色がわからない程だった。



駆け付けた救助隊員が運転席側のドアをこじ開けて、車内に入ると、私をタンカーに乗せた。



意識の朦朧とする中、ただ、「妻を! 妻を!」と叫んでいた。



救急隊員は、応えなかった。



聴こえているのか、私の口が上手く動かないのか、どうして、妻を助けない!



私はタンカーで運ばれて、だんだんと妻との距離が離れていく。



今すぐに駆け寄りたいが、私の体が言うことを利いてはくれなかった。



 気がつけば、私は病室で寝ていた。



入院中、家族や友人が来ていたのはわかっていたが、私の心には何も残らなかった。



天井を見ては、このまま何もなくなればいいと思った。



その度に複数人の看護師が駆けつけて、私の体を拘束して身動きを取れなくさせた。



入院からしばらくして警察官が病室に来た。



妻はガードレールと車の間に挟まり、病院に着いた時には亡くなっていたとのことだった。



警察官は、私に妻の遺品を渡すと、早々に去っていった。



その妻の遺品の中に小さなノートがあった。



これは、まだ結婚して間もない頃に妻としていた交換日記だった。



表紙には血が付いている。



結婚生活数か月経った頃だったかな、妻が交換日記に飽きたようで返ってこなくなった。



交換日記を止めた最後の年月日で更新がされていない。



次のページをめくる。



そこに書かれていた内容に、思わず、笑みが零れた。



その一度の笑みが戻る間もなく、視界が滲む。



妻らしい、不器用な愛の形が残されていた。



私がした幾多のサプライズを全て記録してあった。



サプライズをした時は、つんとした態度で特に楽しんでいる様子もなかったのに。



仕事に追われて、外食も旅行もできなかったけど、インターネットで仕入れた手品や女子が喜ぶサプライズという情報をできる範囲で挑戦していた。



私の不慣れさもあって、そのサプライズの半分以上は失敗に終わっているけど、そのひとつひとつの詳細まで記録されていた。



もうひとつ遺品があった。



それは妊娠届出書だった。



妊娠届出書は綺麗に二つ折りになっている。



妊娠届出書を開いた。



その中から、ひらりと一枚の名刺が落ちた。



その名刺には、『不妊治療クリニック』と記載されていた。

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