妻が急に優しくなった(7)
こんなにも妻が全身で喜びを表現することも初めてだった。
どのような食事を食べても、どのような場所に行っても、喜んでいるのか、つまらないのか。
つつましさというのだろうか、妻は自身の感情を表すことを余りしない人だった。
それだけとても嬉しいのだろう。
その喜ぶ妻の姿に私も嬉しい気持ちで高揚するも束の間、罪の念が私を覆った。
この結婚生活の中で、どれだけ妻に寂しい思いをさせてしまっていたのだろう。
私の高揚した気持ちは罪の念によってじわりと冷やされた。
私はインスタントコーヒーをカップに開けて、妻が温めたお湯を注ぐ。
両手で持つカップからじんわりと掌が温まる。
「それでね…」
妻が意気込んだ表情で言う。
「ん?」
私は伺う。
妻はとても言いづらそうにしている。
言葉を選ぶように妻が口を開いた。
「今すぐに、行きたいの」
妻はそっと、一言、一言、置くように言った。
「でも、私は仕事があるし…」
私はカップを口元につけて、コーヒーに言った。
コーヒーの水面はその言葉に揺れ動き、ほろ苦い匂いが立つ。
妻は沈黙した。
揺れ動くコーヒーの水面が私をけしかける。
これまで、妻には沢山の我慢と無理をしてきてもらった。
だからこうして私は夜に帰れば、夕飯があって、着たい時に服が洗ってあった。
使いたい時に使えるように揃っていたのも、妻のお陰だ。
「今すぐ行きたいの!」
妻の激しい口調はコーヒーの水面を大きく揺れ動かした。
リビングの壁に妻の声が跳ね返る。
妻は両手に握りこぶしを作って、俯いている。
その妻の姿に私の意思は固まった。
私は席を立ち、妻の背から抱擁した。
「わかった。行こうか。明日、上司に有給休暇を貰えるか、お願いしてみるよ」
妻の体は固く緊張していた。
「ありがとう」
妻の声は少し震えていた。
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