妻が急に優しくなった(5)
「あたし、子供ができたの。あなたとの子供」
沢山の本が並ぶ図書館で参考書を探すように、私の頭が、子供って何だろうと探している。
子供という言葉は理解しても、その意味が抜けている。
そしてそれは、私の頭がじんじんと煮立つと同時に意味を処理し始める。
「ん? あなた?」
妻は私の顔の前で掌を仰いでいる。
私の頭が理解した瞬間、胸がぞわぞわと内側から急速に高揚する。
私は興奮した体の制御もできないまま口から言葉が出ていった。
「お、おめでとう!」
私は大いに喜び、思わず、妻を抱擁した。
「よかった。喜んでくれるか心配だったんだ」
妻は微笑んだ。
「当然だよ、喜ぶに決まっている」
「よかった」
妻は視線を下げて、お腹をさする。
「だからね、車を売ってきたの。シートベルトがお腹に良くないって言うし、運転が怖くて」
妻が細く言う。
「それにしても唐突だな。前もって言って欲しかったよ」
私は苦笑いの表情を浮かべて言う。
妻は昔からそうだった。
突然、冷蔵庫が新しくなっていたり、新しいテレビに変わっていたりすることもあった。
包丁やまな板が変わったのは、この間、気がついたが、私の気がつかないことも多いだろう。
そういえば、洋服の匂いも変わったから、柔軟剤も変えたのかな。
しかし、特に気にも留めなかった。
いや、仕事が忙しくて、気に留めている暇がなかった。
妻は時に気分のむらがある。
そのように私は結論付けていた。
ただ、何も言わずに車を売却することには驚いた。
「ごめん。突然のことだったから、私も動揺しちゃって」
妻が言う。
「いや、全然構わないよ。でも、車を売らなくても良かったんじゃないか?」
私は言う。
「ううん、あなたとの子供を大切にしたいの。だからね、子供に良くないっていうのは、絶対に避けたいの。ママが守らなくちゃ」
妻は優しくお腹をさすりながら言う。
その瞳は優しく、しかし、表情は目じりを尖らせて、勇ましさにも似た緊張感があった。
「わかった。私もできる限りのことをする」
私も妻のお腹を一緒にさすった。
どのようにさするのかわからないこともあり、服に触れるか触れないかでそっとさする。
私の口が笑みで緩む。
その表情を見てか、妻も緊張した表情を緩ませる。
「てっきり、浮気をしているのではないか、別れたいというのかと思って、仕事が手につかなかったんだ」
私は苦笑いをして言う。
「そんなことできないよ、だって、あたし、あなたのことが好きだもん」
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