全てが全裸になる

にょーん

第1話 ゼンラ爆誕

 むかしむかしあるところに全裸のおじいさんと全裸のおばあさんが住んでいた。

 二人は決して裕福ではなくむしろ貧しいとさえ言えたが、ラブラブなので毎日が幸せだった。

 そんなある日の朝。

 二人はいつものように全裸で仕事に出かける。

 おじいさんは全裸で山へ柴刈りに、おばあさんは全裸で川へ洗濯に。

「全裸・モード:山歩き」になったおじいさんと別れたおばあさんは、全裸で走り回る子供達に目を細めつつ、のんびりと川を目指す。

 春のうららかな日差しが全裸に心地よい。ぽかぽかと全身が優しく温められて、起床してからずいぶんと経つがようやく全身が目覚めたかのように感じる。爽やかな風が吹き抜け、足裏をひんやりとした土が撫でる。かすかに耳朶を震わせるのはおばあさんの目的地である清流のせせらぎで、その鼓膜をくすぐるような音に心が穏やかに凪ぐ。

 自然を感じる。

 世界と一体化したようだ。

 自分たちは自然と共にあるのだと実感する。

 自然をむき出しの全身で感じるからだろう。

 おばあさんはこの朝の時間が好きだった。

 全裸でかしましく行われている井戸端会議に参加したりしながら、おばあさんは川にたどり着いた。

 島の人々はたいてい日が傾き始めてから洗濯を始めるから、川沿いにはおばあさんしかいなかった。

 誰かと楽しく話しながら過ごすのも良いものだが、おばあさんは一人の時間も嫌いではない。

 きっと全裸だからだろう。

 そんなことを思いながらおばあさんは少ない洗濯物をかごから取り出し、ひんやりと冷たい清流に布をさらす。

 しばらくそうしていると川の流れにかすかな違和感を覚え、顔を上げ上流を見やる。

 どんぶらこっこ、どんぶらこ。

 全裸の赤子が浮かんでいた。

 死体か、と一瞬考えたおばあさんだったがよく目をこらすと手足を動かしているのが見えたのでほっと胸をなで下ろす。距離があるから聞こえないがおそらく泣いている。加えてその赤子は通常の全裸なので、この時期の川の水は応えるはずだ。

 状況は意味不明だが、助けない訳にはいかない。

 おばあさんは洗濯物を脇に置いて川にざぶざぶと入っていく。

 冷たい。

 気温が上がり始めているとはいえまだ初夏は遠いからだ。

 いくら全裸が素晴らしいものとはいえこればかりはどうしようもない。

「全裸・モード:冬」になればある程度は寒さも和らぐのだが、水中の移動には向いていない。

 まあ、とはいっても耐えきれないほどではないので、シュッと赤子を救ってシュッと岸に戻ろうと思う。

 そう考えたおばあさんはシュッと赤子を救ってシュッと岸に戻った。


「さて、取り敢えず家に戻りましょうか」

 

 泣いていた赤子を泣き止ませ、まだ洗っていなかった洗濯物で水気を拭き取ったおばあさんはそう言って歩き出した。

 おばあさんは洗濯物の入った洗濯かごを頭の上に載せて、腕の中ですやすやと眠る赤子に口元を緩める。

 とても可愛らしい。

 顔はもちろんそうだがなにより可愛らしいのはその全裸だ。まるで伝え聞く「レジェンド全裸」のよう・・・・・・れじぇんどぜんら・・・・・・。

 ・・・・・・これレジェンド全裸じゃね?


「いやいやまさか」


 一瞬浮かんだあり得ない発想を頭をぶんぶんと振って消し去ったおばあさんはもう一度、赤子の全裸を観察する。

 一見通常の全裸だ。異国では当たり前とされているらしい「衣服」というものでどこも覆われていないし全身が外気にさらされている。

 全裸なのは間違いない。

 しかしなんとなく日頃周囲の人々で見慣れている全裸とはどこかが違う・・・・・・気がする。

 その違和感を言語化するべくおばあさんは頭を捻る。

 すると、

(纏われた全裸概念が輝いている・・・・・・?)

 おばあさんの頭の中にそんなぼんやりとした感想が思い浮かぶ。

 そんな事があり得るのだろうか。

 あり得ない、とは思う。なぜならそれを認めてしまうと、この赤子は本当にレジェンド全裸を纏っている事になるからだ。

 レジェンド全裸――正確には「全裸・モード:ゼンラ」はこの世界を生み出した神が纏っていた概念とされ、全ての原初とされる。土も水も空気も火も全てがこの概念から生じたものなのだ。創世神話の記された書物に寄れば創世神――人々にはゴッド・ゼンラと呼ばれている――の全裸は物理的にではなく全裸的に輝いているらしい。

 正直今まで「全裸的に輝く」の意味を理解できていなかったのだが、今それを理解した気がする。

 この腕の中で可愛らしく眠っている赤子はまさしく極めて微かにではあるが「全裸的に」輝いている。そうとしか形容のしようがない。

 一度そう感じてしまうとおばあさんはあり得ないとは考えつつも、そうとしか思えなくなってしまった。

 何も分からなくなってしまったおばあさんはともかく色々な人にも聞いてみよう、と丁度そこにいた知り合いの村人に声をかける。


「ハダカさんハダカさん」

「あら、スッパダカさん。どうしたの?」


 スッパダカというのはおばあさんの名字である。

 スッパダカ・オバアサン、それがおばあさんのフルネームであった。


「この赤ん坊が川で洗濯をしていると上流から流れてきたのだけど、なんだかこの赤ん坊の全裸、輝いてないかしら?」

「あら珍しい事もあるものね。少し見せてちょうだい」

「ええ」


 おばあさんはハダカにすやすやと眠っている赤子を抱かせる。

 ハダカは赤ん坊を受け取ると「全裸・モード:観察」になって隅々まで全裸を眺め始めた。

「全裸・モード:観察」は上級全裸で、ある程度訓練を積まないと習得する事が出来ない。ハダカは村で一番腕のいい薬師なのでそれぐらいは当たり前に身につけているのだ。


「・・・・・・輝いているわ」

「やっぱりそうよね・・・・・・」


 素人であるおばあさんの観察だから勘違いかと思っていたのだが、プロであるハダカもそういうのならもしかしたら本当にそうなのかもしれない。


「スッパダカさんの旦那さんってオジイサンさんでしょ? 彼に聞いてみたらどう? 私はそこまで全裸には詳しくないから思いつかないけど、もしかしたら『レジェンド全裸』以外にも輝く全裸があるかもしれないし」

「そうね、そうしてみるわ」


 おばあさんはハダカに礼を言って家路を急ぐ。

 オジイサンことおじいさんは趣味として全裸を研究しており、村で一番全裸に詳しい。ちなみにこれはおばあさんが知るよしもない事だが、後の世で学問として成立する「全裸学」の中でスッパダカ・オジイサンは神扱いされている。

 道中様々な人に聞いて回るも誰も分からないようだった。

 家についたおばあさんはそわそわしながら、赤ん坊の世話をしおじいさんを待つ。

 しばらくするとおじいさんが帰ってきた。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 そういっておばあさんはいつもの通りおじいさんと軽くキスをし、切り出した。


「この子が上流から流れてきたの」

「おお、そうか。この村の誰の子でもなかったのか?」

「ええ。村の全員を把握しているウマレタママノスガタさんに聞いてみたけれど知らないと言っていたわ」

「ふむ・・・・・・では別の村の子供だろうか」

「たぶんそうね。明日から島を回ろうかと思っているのだけどオジイサンも付いてきてくれる?」

「ああ、もちろんだ」

「そう言ってくれると思っていたわ。オジイサン大好き」


 ちゅっ。


「で、この赤ん坊なのだけど」

「その話は今じゃないと駄目なのか」

「そういうことは夜にしましょう。昼間は恥ずかしいわ」

「そうか・・・・・・なら我慢しよう。で、この赤ん坊がどうしたのだ」

「わたしの気のせいではないと思うのだけど、輝いていないかしら?」

「まさか」


 そう言っておじいさんは笑うと赤子をじーっと見始めた。

 しばし沈黙が落ちる。

 おばあさんが固唾をのんで待っていると、やがて「ふむ」とおじいさんが顔を上げた。


「確かに輝いておるな。これはレジェンド全裸だ」

「れじぇんどぜんら」

「うむ。レジェンド全裸だ」

「それは・・・・・・あの?」


 おばあさんは創世神話に登場する全裸のことを言っているのかとおじいさんに問う。


「ああ、あの全裸だ」

「そうですか・・・・・・」


 おじいさんが言うのなら本当にそうなのだろう。

 おばあさんはそうやって取り敢えず納得すると、途端に胸中で広がり始めた不安を口にする。


「それは、つまり、その・・・・・・」

「何かしら大きな危機が迫っているということかもしれんな」


 怖くてなかなか言えなかったおばあさんの言葉をおじいさんが引き継いだ。『レジェンド全裸が再び現われる時、裸族を未曾有の危機が襲うだろう』このような予言が裸族に伝わっていた。


「やっぱりそうですか・・・・・・」

「ああ。そういうわけで世界の終わりが近いかもしれんからいっぱいラブラブしよう」

「そうですね」


 恥ずかしいのも忘れて昼間からたくさんラブラブした。

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