第283話 蜩

 講堂での最後のステージが終わると、急に喪失感みたいなもので胸の中が一杯になった。

 自分の大役が終わって肩の荷が下りたのもあいまって、急に寂しくなる。

 夕方になって蝉の声が油蝉あぶらぜみからひぐらしに変わったのもその一因かもしれない。


 グラウンドの屋台では、残った食材や商品を売り切ろうと、値下げや売り尽くしセールが始まっていた。

 校内のカフェでは、少し疲れたメイドさん達が、名残惜しそうなお客さんを送り出している。

 営業を終えたお化け屋敷では、お化け達が並んで記念撮影していた。

 どこかの教室で、誰かがギターで「蛍の光」を演奏している。


 一日遊んで満足な顔をしたお客さん達が、三々五々、校門を出ていった。

 そんなお客さん達が校内から街に流れて、商店街の飲食店が賑わい始めたらしい。


 午後五時になるとアナウンスを流して、我が校の生徒以外、すべてのお客さんを校外に送り出した。

 俺達文化祭実行委員のメンバーが校門の前に一列に並ぶ。


「皆様、今年も我が校文化祭にご来場、ご協力、ありがとうございました。また来年、皆様とお目にかかることを楽しみにしています」

 花巻先輩がそんな挨拶で締めくくった(先輩、やっぱり来年も留年するつもりらしい)。


 みんなで頭を下げると、門の周りにいた人達が拍手をしてくれる。

 「来年も期待してるぞ!」とか、声をかけてくれる人もいた。


 俺と六角屋で校門の門扉を閉めて、それで、すべてが終わった。



「終わったー!」

 って、南牟礼さんと今日子が抱き合っている。

 伊織さんは文香にすりすりしていた。


 俺もそっちに加わりたかったけど、六角屋が両手を掲げて「ご苦労さん」ってハイタッチを求めてくるから、それに手を合わせた。


 何かをやり遂げたっていう達成感がハンパなかった。

 ここまで生きてきて、一つのことにこんなに集中して情熱を注いだことはない。

 こんなに何かに夢中になったことはなかった。

 この文化祭実行委員には今日子に無理矢理入れられたんだけど、今それを猛烈に感謝している。



 興奮の中、ふと花巻先輩のほうに目をやると、先輩は涙を浮かべていた。

 その場にスッと立って、感慨にふけっている。


 目に涙を浮かべて小刻みに震えている先輩を見てたら、抱きしめてあげたくなった。

 そんなこと先輩に言ったら、生意気だって怒られるかもしれないけど。


 先輩がどうしてこんなに「祭」に命をかけるのか、俺はその理由を知ってるだけに、こっちにもぐっとくるものがある。

 この先も絶対に祭は終わらせちゃいけないって思った。

 先輩には、ずっと「祭」の中にいてもらいたいって思う。



「よし、後夜祭だ。さあ、朝まで楽しむぞ!」

 花巻先輩が涙声で言った。


 グラウンドには、もう生徒が集まりつつある。

 校内から流れてくる生徒が、グラウンドのステージの周りにレジャーシートを敷いて、場所取りをしていた。


 さあ、これから俺と文香の出番だ。


 俺は「部室」に戻って、法被から司会用の衣装に着替えた。

 ラメでギラギラ光る赤いジャケットに金色の蝶ネクタイ。

 分かりやすい、いかにも司会っていう衣装を着た。

 そして、「今日の主役」っていうタスキをかける。

 馬鹿馬鹿しいけど、こういうのを着ないと、素の姿ではとても司会なんてできない。


 一緒に司会をする文香にも、お揃いの金の蝶ネクタイを着けた。

 前部装甲のところに両面テープで張り付ける。


「小仙波、ちょっといいか?」

 そんなふうに準備してると、六角屋が俺を呼んだ。


「なに?」

 六角屋に部室の裏に連れていかれる。



 顔を洗って髪型を整えてさっぱりとした感じの六角屋。

 六角屋からは仄かに渋い香水の匂いがした。


「あのさ、源のことなんだけどな」

 六角屋は、なにか奥歯に物が挟まったような物言いをする。


「今日子のこと?」


「ああ、おれ、これから後夜祭で源に告白するから」

 六角屋が言った。


 ああ、そういえば六角屋、前にそんなこと言ってたっけ。

 この文化祭で、今日子に告白するとか言ってた。

 六角屋は、今日子のことが好きだって言ってた。


「だから、司会のお前がサポートしてくれよ」


「サポート?」


「お前は源の幼なじみであるわけだし、俺の告白に協力してくれってこと」


「ああ……」

 いやサポートって、告白とかそっちは女心が分かる六角屋の専門分野だろうが。

 

「別に、いいんだよな。俺が源に告白しても」

 六角屋が訊く。


「なんで俺にそんなこと訊くんだよ」


「まあ、そうだけど……」


 なんとなく気まずくなったところへ、

「冬麻君? どこー。後夜祭、始まるよー」

 文香が俺を探しに来た。


「じゃあ、そういうことだから、頼むよ」

 六角屋はそう言い残して行ってしまう。


「どうしたの冬麻君、行くよ」

 文香が言った。


「ああ、うん」

 俺は文香に乗る。


 六角屋が今日子に告白してもいいんだろうか?

 文香の中で、俺は、そんなことを考えている。

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