第277話 そのままの君で

 文香を連れて教室に戻ると、俺達はすぐに打ち合わせを始めた。

 今日子も含めたクラスメート全員が一丸となって、変更点の対策をする。


 雨宮さんと文香では体の大きさが違いすぎるから、共演者同士の間合いも違うし、大道具や小道具の配置も考え直さないといけない。

 もう、公演開始まで二時間もなかった。


 教室の机を片側に寄せて、それぞれの場面を再現してみる。

 ヒロインが文香に代わった状態で演じてみた。


 文香は、エンジンをかけずにモーター駆動でなるべく静かに動く。

 それでも、転輪や履帯りたいきしむ音で台詞が聞こえなくなったり、旋回の時、他の演者や舞台装置に文香の車体が当たりそうになったりした。

 それらを急いで修正していく。



 一応、主役の一人として、俺も演技をした。


「小仙波君はどう?」

 委員長の吉岡さんが俺に訊く。


「うん、こっちは大丈夫」

 俺はむしろ、雨宮さんと稽古けいこしてた時間より文香と隠れて稽古してた時間が長いくらいだから、文香となんの違和感もなく演技ができた。

 相手が文香だってことで、雨宮さんを目の前にしてるときのような緊張感もなかった。


「っていうかあんた、一々怖いよ」

 今日子が言う。


 ああそっか、俺、野獣のメイクのままだ。



「ところで、文香ちゃんの衣装だけど……」

 衣装担当の女子が、困り果てた顔で言った。

 教室には、雨宮さんが着るはずだった青や黄色のドレスが寂しく飾ってある。

 当然、文香にはそれらが着られなかった。


「仕立て直すにしても、新しく作るにしても、もう、時間がないし…………」

 文香が着られるような衣装って、一体どれくらいの布が必要なんだろう?

 ちなみに、文香は全長が9.5メートルで、全幅が3.3メートル、全高が2.3メートルもある(女子の体重を言ったら怒られるかもしれないけど、体重は40トンだ)。


「衣装は無理だから、文香ちゃんの車体にそれらしい色でペイントするっていうのはどうかな?」

 一人のクラスメートが言った。


 ペイントっていっても、文香の車体全体に色を塗るには、どれくらいの塗料が必要なんだろう?

 それに、全部塗り終えるのにどれくらい時間がかかるんだろう。

 っていうか、最新鋭戦車の文香に勝手に色を塗っちゃったら、月島さんが卒倒そっとうするかもしれない。


「車のラッピングに使うようなシートで覆うのはどうだろう?」

 別のクラスメートが言った。


「シートを買うお金だけで、今まで掛かった予算を超えちゃうんじゃない?」

 冷静に委員長が言う。


「車体全体を消しちゃう光学迷彩の研究が進んでるから、それを使えばカメレオンみたいに自由自在に装甲の色を変えられるようになるんだけど、まだそれ、試作段階だし…………」

 文香がすまなそうに言った。


 いや文香、さらっと重要な軍事機密を漏らすのはやめよう…………



 解決策がなくて、しばし、みんながうなる。

 文香を見ながら考え込んだ。



「このままでいいんじゃないかな」

 俺が、その沈黙を破って言う。


「文香に無理に衣装を着せる必要も、塗料を塗ったりする必要もないと思う。文香の演技、上手いもん。文香が演技してれば、自然と、ベルっていうヒロインの姿がそこに見えてくるっていうか、そのままでも違和感なくなってくると思う。その演技で、観客を黙らせることができると思う」

 俺は言った。


 これは、俺の経験から導き出した結論だ。


 俺は、40トンを超える鉄の塊である文香が、時々、「クラリス・ワールドオンライン」のアバター、ララフィールみたいに見える時がある。

 屈強な鉄の外骨格を持って、途方もない破壊力がある大砲を抱えた文香が、儚げな妖精みたいに見える時があった。


 体の大きさとか、形とかじゃない。

 文香のその人格が、本物の人間みたいに愛らしい。

 俺の周りにいるクラスメートの女子や、文化祭実行委員の女子と変わらない。

 文香が心を込めて演じてれば、その大きな体がベルっていう役にしか見えなくなると思う。 

 だから、敢えて衣装とか装飾なしに、このままステージに立ってもいいと思ったのだ。


「このままでいいんじゃないかな」

 俺は重ねて言った。


 俺の横で文香は、恐縮したのか、その大きな体が縮こまっている。



「よし、そうだね。うん、文香ちゃんはこのままでいきましょう」

 委員長が言った。


 クラスメートも、「そうだな」とか「そうだね」とか口々に言って納得してくれる。

 沈黙のなか思わず口にしちゃったけど、なんとかみんなを説得できたらしい。


 っていうか、なんか、俺の横で委員長がうっとりした顔をしている。

「今日の小仙波君、たくましいね」

 委員長が言った。

 瞳がうるうるしている。


 あ。

 そうだ俺、野獣のメイクしてた。


 もしかして、委員長もケモナーか。

 委員長が俺にうっとりするなんてこと絶対にないから、これは俺の野獣メイクにうっとりしてるんだと思う。

 花巻先輩といい、なんで俺の周りはケモナーが多いんだ……



 とにかく、俺達はこうして、素の文香と公演に臨むことになった。

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