第262話 天岩戸
着替えとメイクを終えた佐橋杏奈ちゃんが、俺達の前に姿を現した。
ふすまを開けて出てきた杏奈ちゃんは、
実際、見ている俺達は目をパチパチさせていた。
花巻先輩も、昨日からずっと酔っぱらってる篠岡さんまで、杏奈ちゃんの姿に息を呑んでいる。
さっきまで「部室」にいた普段着の杏奈ちゃんもキラキラで眩しいばかりだったのに、全国的な大人気アイドルがライブ用に本気を出したんだから、もう、俺達の手に負えない。
目が覚めるようなオレンジに、これでもかとフリルが盛られたアイドルアイドルした衣装。
卑怯なくらい可愛い衣装なのに、お腹の部分が開いていてセクシーだ(それも、おへそが見えそうで見えない絶妙な位置が開いている)。
髪はポニーテールにしていて、毛先にパーマがかかってくるんくるんになっていた。
杏奈ちゃんがちょっと動くたびに毛先が釣られて動いて、なんか、髪の毛が感情を表現してるみたいだ。
付け
黒目がちな大きな目は、今にも涙がこぼれ落ちそうに濡れていて、辺りの景色を鏡みたいに写している。
舞台用にはっきりと入れた派手なピンクのチークが、ともすればわざとらしく見えるんだけど、ギリギリそう見えないところで可愛さに拍車をかけていた。
衣装に合わせたオレンジのリップにグロスの唇を、杏奈ちゃんはゆるく結んで隙を作っていて、なんか訴えかけてくるようなその唇を、思わず凝視してしまう。
そこから発せられる言葉を待ってしまう。
そして、その唇の奥に覗く歯は、もちろん目に痛いくらいの真っ白だった。
本物のアイドルがどういうものなのかを、改めてここで思い知らされる。
「カワイイ……」
南牟礼さん、そう言ったきり、口が開きっぱなしになっている。
「カワイイ……」
伊織さんも瞬きを忘れて呟く(俺は、心の中でおまかわと呟いておく)。
「…………」
六角屋はたぶん感動しすぎて立ったまま失神していた。
「これは、私も負けを認めざるをえまい」
花巻先輩はそう言って頷く(先輩、何と戦ってたんだ)。
「さあ、それじゃあ、講堂のライブの前に、野外ライブでガツンと一発かましてきますか!」
杏奈ちゃんが言う。
そんな、アイドルっぽくない台詞さえ、杏奈ちゃんの口から発せられると可愛く感じた。
杏奈ちゃんは、これからグラウンドのステージでミニライブをする。
講堂に入りきらないお客さんの前に顔を出してくれる。
「だけど、
俺は一旦冷静になって言った。
グラウンドのステージの周りは、俺達が予想した以上に混雑している。
ここからステージまで、杏奈ちゃんが無事届けられるかが心配だった。
杏奈ちゃんが歩いてるのを見られたら、大騒ぎになって群衆が殺到しかねない。
一応俺達が警備役で杏奈ちゃんを囲んでいくことになってたけど、そんなの吹き飛ばされる。
「私が護衛します!」
文香が、エンジンを空吹かししながら言った。
砲塔の中で自動装填装置が動く音も聞こえる。
「ふ、文香、とりあえず落ち着こうか」
俺は文香をなだめた。
「実弾がダメなら、発煙弾を発射する?」
文香が続ける。
いや、そういうことじゃなくて…………
「大丈夫、それについては、もう打ち合わせしてあります」
杏奈ちゃんが言って微笑む(その微笑みを間近で浴びて失神しそうになる)。
すると、グラウンドの方から地響きのような大歓声が聞こえてきた。
何事だろうと外に出てみると、校舎の屋上に杏奈ちゃんと同じオレンジの衣装を身に纏った人影が見える。
その人影が、グラウンドに向けて手を振っていた。
大歓声はその人影に向けて注がれている。
ああ、そういうことか。
もちろんそのオレンジの衣装の人物が誰なのかは、鈍い俺でも分かった。
あれは、今日子なんだろう。
杏奈ちゃんのふりをした今日子が、ああやってグラウンドにいるお客さんの注意を引いてるのだ。
杏奈ちゃんと今日子、そんな打ち合わせをしてたのか。
ぴょんぴょん跳ねながら大きく手を振って、今日子のくせにアイドルっぽいカワイイ動きをしていた。
今日子、あんな仕草もできたらしい。
そのカワイさの100分の1でも、普段から見せてくれればいいのに。
とにかく、今、グラウンドにいるすべての人の目が屋上に注がれている。
「さあ、では、行ってきます!」
杏奈ちゃんはそう言ってグラウンドに向けて走り出した。
「あ、待ってください」
護衛の俺は、慌てて杏奈ちゃんを追う。
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