第247話 火蓋

 俺達が講堂に戻ると、ステージには緞帳どんちょうが下ろされていて、ミスコン用のセットを組んでいる真っ最中だった。

 ミスコン運営の生徒二十人程が、大忙しで準備を進めている。


「ああ、間に合ってよかった。先輩、打ち合わせをするので、ちょっといいですか?」

 ミスコン責任者の男子生徒に花巻先輩が連れて行かれる。

 先輩はもう一人の出場者である叶先輩と一緒に、ステージでコンテストの進行を確認した。



 緞帳の袖から客席を覗くと、そこではミスコン目当てのお客さんが集まってきて、もうすぐ客席全部が埋まろうとしている。

 まだコンテストが始まるまで二十分くらいあるから、この勢いならその頃には立ち見が出てるかもしれない。

 元々、その美貌びぼうが街中に轟く伊織さんが出る予定だっただけに、それを目的に来てる人が多いのだ。


 その伊織さんが棄権するってことで、ブーイングの嵐になるんじゃないかって不安もある。

 だけど、その代わりの出場者が花巻先輩だってことで、そんなブーイングをするような客も静まってくれるだろう(黙らされるだろう)。



 一通りの打ち合わせを終えて、先輩が俺達の所に戻って来る。


 それにしても…………


「先輩、今日はいつにも増して、お胸が立派ですね」

 俺が訊きたかったことを、南牟礼さんが訊いてくれた。


「おお、気付いたか。そうなのだ。私が着ているこの制服が味噌なのだ。これは、胸の部分を立体裁断して作った、手製の特別仕様の制服だ。イラストやアニメなどの2Dにおける表現手法である『乳袋』を3Dで再現してみた。どうだ? 立派に見えるであろう」

 先輩がそう言って胸を張る。


 花巻先輩のセーラー服は、胸回りが大きく膨らんでいて、胴回りが細くピタッとしてる、いわゆる「乳袋」を備えていた。

 先輩の超絶的なスタイルの上に沿ってそのまま布が載ってて、まるで、実物大のフィギュアみたいだ。


 「乳袋」表現に対しては賛否があって、それについては白熱した議論が交わされているところだけれど、俺はありなんじゃないかと思う。


 っていうか、大いに賛同する側だ。


「以前作っておいたのだが、今がまさにこれを着るタイミングだと思って、引っ張り出してきた。水着審査がないということでもあるし、サービスも必要だと思ってな」

 先輩がそう言って、ガハハと高らかに笑った。


 ああ、俺、この人に付いてきて正解だった。

 これからもずっと付いていくって、心に誓う。


「ほら男子、ガン見しない!」

 今日子に注意された。

 俺の横で、六角屋も先輩をガン見している。

 六角屋の口は半分開いたままになっていた。


 これはもう、先輩の圧勝ではなかろうか。

 圧倒的じゃないか、我が軍は。


 そんなふうに先輩に見とれてたら、


「花巻先輩、よろしくお願いしますね」

 対戦相手の叶さんが、取り巻きの生徒と一緒に俺達の前に顔を出した。


 三年のかのう美帆みほ先輩。


 整った顔立ちに、黒目がちな大きな目元が特徴的で目を引かれる。

 細い眉にぱっちりとしたまつげ、控え目なアイシャドウ、天ぷらをたべたばっかりって感じのグロスの唇で、化粧も完璧に決めていた。

 ダークブラウンの髪にはパーマが掛かってて、くるっくるの前髪が、胸元をコサージュみたいに飾っている。


 その胸元は、今日子をちょっと大きくしたくらいだった。


 圧倒的じゃないか、我が軍は。


「伊織さんが棄権されたときはどうなることかと思いましたけど、代わりに先輩が出てくれることになって、本当に良かった」

 叶さんはそう言って笑顔を見せる。

 その笑顔は、チャームスクールで習ったみたいな完璧な笑顔だった。


「お互い、正々堂々と戦いましょう。私、の先輩には経験の差で負けちゃうだろうから、若さで頑張りますね」

 叶さんはそう言ってさらに笑顔を派手にする。

 一瞬、フラッシュが焚かれたって思ったら、叶さんの真っ白な歯が見えただけだった。


 元々伊織さんに一騎打ちを挑もうとしただけあって、叶さんの綺麗さもハンパない。

 叶さんは、花巻先輩とは毛色が違うオーラをまとってるような気もするし。


「おお、お互い頑張ろうではないか」

 先輩が手を出して、二人が握手した。

 目と目の間で火花が飛ぶ。


「それでは、また、後ほど」

 叶さんはそう言うと、数人の取り巻きと共に一旦ステージ裏にはけた。



「花巻さん、絶対に勝ってね!」

 月島さんが言った。


「あんなヤツに負けちゃダメだよ!」

 篠岡さんも叶さんの背中を睨み付けるようにする。


 二人とも、「年上」とか「若さ」とかいう言葉に敏感過ぎる……


「そうですね。勝負事は、本気で挑んでこそ。それでないと、祭は盛り上がりません。この祭を盛り上げるためにも、この花巻梵、本気で挑みましょう!」

 先輩がそう言って、親指を立てた。


 文化祭実行委員って立場を越えて、この勝負、楽しみになってきた。

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