第86話 子供じゃない

 ディナーのあとは、街を見下ろす展望台がある公園に向かった。

 俺は生まれてから今までこの街で生きてきたんだけど、そこが定番のデートスポットだってことは、この計画を進めるときの打ち合わせまで知らなかった。

 自分がクリスマスデートするなんて考えたことがなかった俺には、そんな情報、まったく必要じゃなかったし。


 公園までバスに乗ると、俺達と同じように公園を目指すカップルの車が多いせいで、山道はかなり渋滞していた。

 空いてれば15分で行けるところが、1時間弱かかる。

 だけど、バスの中の座席で伊織さんとぴったりくっついて座ってる時間は嫌じゃなかった。

 むしろ、この時間が永遠に続いてほしかった。



 普段は静かで夜にもなれば誰もいなくなる公園が、この日ばかりは混雑している。

 駐車場はほぼ満杯で、そんなカップルを当て込んだ移動販売車が何台も来ていた。

 そこで、ホットドリンクとか、軽食を売っている。

 公園の駐車場がちょっとした縁日みたいになっていた。


 まさか、クリスマスの公園がこんなことになってるとは…………

 リア充が集まって、こんな祭が繰り広げられていたとは…………


 こんなことでもなかったら、俺には一生知り得なかった光景だ。

 そんなこと考えて何気なく見てたら、ケバブの移動販売車に花巻先輩が並んでるのが見えた。

 先回りした月島さんの車で、みんなもここに来ている。


 先輩……いくらお祭り好きだからって、文香にバレたらどうするんですか…………


「あ、あっち行こうか」

 俺は、先輩が見付からないよう、反対方向に歩く。



 展望台の手すりには、1メートル間隔でカップルが並んで、街の夜景を見下ろしていた。

 彼氏が彼女の腰に手を回したり、彼女が彼氏の肩に頭をもたれたり、とにかく密着している。

 みんな、寒さなんて忘れたみたいに幸せそうだった。



 俺と、文香のアバターになった伊織さんも、なんとか手すりに空いてる場所を見つけてそこに収まる。

 もちろん、俺は伊織さんの腰に手を回したりなんてことは出来ないから、俺と伊織さんの距離は3センチくらい開いていた。


「なぜ、腰に手を回さないのだ!」

 イヤフォンから花巻先輩の声が聞こえる(なんか食べながらだし)。


「ダメ! 絶対に腰に手を回したりしたらダメなんだからね!」

 今日子の声も聞こえた。


「小仙波、直立不動で1㎜も動くな!」

 六角屋が言う。


 いい加減うるさいから、このイヤフォンを外して展望台から投げたくなった。




「綺麗だね」

 文香が言った。

 正確には、伊織さんがしているゴーグルのスピーカーから文香の声が聞こえた。


「うん」

 なんかもっといい返事があるはずなのに、俺はそれしか言えない。


 そこから見下ろす俺達の街の夜景は、大都市には到底敵わないけど、コンパクトな宝石箱って感じで、控えめにきらめいていた。

 クリスマスの夜だから、イルミネーションの分で2割増しってとこだろうか。

 街を縦横に走る道路にも、まだたくさんの車のライトが流れていた。

 街に隣接して三石重工の工場群があって、昼夜問わず稼働しているそこも、無数の光源になっている。

 工場群から、夜空にもくもくと水蒸気が上がるのも見えた。



「今日は、つきあってくれてありがとう」

 横に並んだ状態で、文香があらたまって言った。

「ううん」

 ここでもそんな返事しかできない俺。


 伊織さんが距離を詰めてきて、俺と伊織さんの肩がくっついた。

 そこだけじんわり温かくなる。


「私が人間の女の子に生まれてたら、こんなふうにクリスマスを過ごしてたのかなって、ちょっとだけ、その気分が味わえて楽しかった」

 文香が言って、伊織さんが微笑む。

 文香と伊織さん、両方がここにいるみたいに感じた。


「だけど、こんな夢を見させてくれて、それが一日だけなんて、サンタさんもちょっと意地悪かな。元に戻らないといけないなら、こんな感覚、知らなくて良かったのかも…………」

 文香が細い声で言って、伊織さんが悲しげな顔をする。

 伊織さんが、俺の腕をつかんだ。


 今度こそ、今度こそ文香になにか言ってあげないと、って思った。



「人間じゃない戦車の体の文香も、俺のクラスメートだし、お隣さんだし、ずっと一緒にゲームとかで遊んだパートナーだから。だから別に、人間の姿をしてなくてもいいっていうか、登下校で文香の中に入るのは楽しいし、安心するし、頼もしいし、文香は文香なわけで……関係なくて……そう、そのままで、最高で…………」

 言葉を重ねながら、とっちらかってしまった。


 やっぱり俺は口下手だ。


「うん、ありがとう」

 文香が言った。

 文香からの信号を受けたのか、伊織さんが微笑む。

 口下手なりにどうにか俺の気持ちが伝わったみたいで、良かった。



「さあ、それじゃあ部室に帰って、いつもみたいにみんなでパーティーしよう。クリスマスの夜、いつまでも私のためにみんなを付き合わせたら悪いし。花巻先輩も、お酒が飲みたいだろうし」

 唐突とうとつに文香が言う。


「えっ?」

 俺は思わず裏返った声を出してしまった。

 俺の隣で、伊織さんも目を見開いてびっくりした顔をしている。


「もしかして、分かってた?」

 俺は恐る恐る訊いた。


「うん。私だっていつまでも子供じゃないんだよ。もう、サンタさんがいないことは分かってた。みんなが、私のために色々と動いてくれたことも知ってた。だから、私のお願いに付き合ってくれたみんなのためにも、思いっきり乗っかってみたの。気付いてないふりして、人間の体で思いっきりデートさせてもらった」

 そう言ったあと、「ふふふっ」って悪戯っぽく笑う文香。


「そっか」

 俺達が考えるより、文香はずっと大人だった。


「冬麻君も、色々計画してくれたみんなも、ありがとう」

 文香が言うと、イヤフォンから「ふははははっ!」っていう花巻先輩の豪快な笑い声が聞こえた。

 「ふうっ」って、今日子のため息も聞こえた気がする。


「そしてなにより、伊織さんもありがとう。私の代わりになってくれてホントにありがとう」

 文香が言った。


 伊織さんが「ううん」って首を振る。

 伊織さん、その大きな目に涙を溜めていた。

 文香のいじらしさに、感動したのかもしれない。


「じゃあ、みんなのところに行こうか」

 俺は伊織さんの手を取った。

「うん」

 文香の声が聞こえて、伊織さんが俺の手を強く握り返してくる。

 俺達は、駐車場の月島さんの車に急いだ。


 みんなは、寒いなか車の外に出て待っていた。



 そのあと、翌朝まで部室でずっとパーティーが続いたのは、言うまでもない。

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