第71話 ギリギリ

 我が文化祭実行委員会の女子と、その顧問の月島さん、生徒会の伊織さんによる野球拳が続いている。


 戦い続けた中で、伊織さんはセーラー服のスカーフを外して、両足の靴下を脱いだ状態になっていた。


 同じように、今日子もセーラー服のスカーフを外して、両足の靴下を脱いでいる。


 花巻先輩は、二人と同じくスカーフを外して靴下を脱いだ上に、スカートを脱いでブルマになっていた。


 月島さんは、最初にストッキングを脱いだあと、スーツのジャケットを脱いでネックレスを外していた(ネックレスは衣服に入らないんじゃないかって俺が厳重に抗議したけど、それは受け入れられなかった)。


 こんなふうに、みんなギリギリの所で耐えている。


 でも、逆に言うと、誰もがこのあと一回でもじゃんけんに負けたら、上下どちらかの下着を白日の下にさらさないといけないっていう状況に追い込まれていた。

 上着かスカート、どっちかを脱がないといけないのだ。



「もう、この辺にしておきましょう」

 六角屋が言った。


 六角屋はすごく紳士的だ。

 それほどイケメンでもない六角屋に女子から人気があるのは、こういうところなんだろう。

 女子に対する気配りが出来る男なのだ。


「そ、そ、そうだよぉ」

 俺も力なく言った。

 それは俺だって六角屋みたいな紳士になりたいけど、俺の中の紳士は、生まれたてのチワワくらいの力しかない。


「案ずるな六角屋。脱ぎたくなければ、そこで脱落すればいいだけのこと。無理せず、そこであきらめればいいのだ」

 花巻先輩はそう言うけど、ここにいる女子達は勝ち気で、無理しちゃうと思う。



「では、次の勝負にまいろうか」

 先輩が言って、女子三人が頷いた。


 忘れてるかもしれないけど、三人は、俺とクリスマスデートをするっていう、どうにも釣り合わない目的のために戦っている。



「野球~、するなら……」

 音楽に合わせて例の踊りが始まった。

 先輩意外の三人から踊りに対する照れは抜けてきたのに、それでも先輩の踊りのキレには適わない。


「アウト、セーフ、よよいのよい!」


 三人がチョキを出した中、一人、パーを出したのは、誰あろう花巻先輩だった。


「くうう、抜かった!」

 先輩がパーになった自分の手のひらを見つめて言う。


 もう一度確認すると、先輩はスカーフを外したセーラー服の上着に、下はブルマで靴下を両方脱いでいる。

 そして、月島さんのようにネックレスもつけていない。


 もう、一枚の猶予ゆうよもなかった。



「やむを得ぬ、ここは、上着を脱ごうではないか」

 先輩が言う。


「ブルマを脱ごうとも考えたが、それはあとのお楽しみにとっておこう」

 先輩が続けた。


 なぜ、脱ぐこと前提なんだ……


 先輩、本気なのか冗談なのか、まるで分からない。



「先輩、やめときましょう!」

 六角屋が止めた。


「いや、女子に二言はない! 脱ぐぞ!」

 武士みたいに言う先輩。


 すると、花巻先輩は、セーラー服の上着の横のファスナーを勢いよく上げた。

 えりのスナップボタンを外すと、あとは後ろ襟の部分を持って勢いよくセーラー服をたくし上げる。


 先輩、するするとあっという間に上着を脱いでしまった。


 俺は、目にゴルフボール大のゴミが入っても我慢するつもりで、瞬きを止めて目を皿のようにする。


 本来なら、そこに下着姿の花巻先輩がいるはずだったんだけど…………



 だけど、あれ? セーラー服を脱いだ先輩は、下着姿じゃなかった。


「ふははは、こんなこともあろうかと、セーラー服の下にスクール水着を着ていたのだ!」

 先輩が、その大きな胸を張って言う。


 先輩は、セーラー服の下にスクール水着(旧型)を着ていた。

 先輩の大きな胸に引っ張られて、ぱっつんぱっつんになった紺の水着がかわいそうだ。


 いや、こんなこともあろうかって、普通の学校生活で、セーラー服の下にスクール水着を着込んでないといけない状況って、先輩はどんなことを想定してたんだ。

 先輩、どんな世界線で生活してるんだよ…………


 っていうか、ツッコミが追いつかない。


 まず、なぜ先輩が教育現場から絶滅したスクール水着(旧型)を持ってるんだとか、なぜ、スクール水着の胸にゼッケンを付けてるかとか、なぜ、ブルマにスクール水着にセーラー服っていう欲張りセットの二段重ねみたいな格好なのか、とか、おかしなところがありすぎる。


 スクール水着(旧型)にブルマっていう今の服装で、先輩が勝ち誇った顔をしてるのも意味が分からない。



「先輩、下にもう一枚着込んでるって、ズルくないですか?」

 今日子が訊いた。

 先輩の下着姿を見損ねた俺は、激しく頷く(まあ、先輩のスクール水着姿も、それはそれでいいんだけど)。


「源、安心したまえ、こうして一枚余計に着込んだ代わりに、私はこのスクール水着の下に下着は身につけていない。ゆえに君達と平等だ。むしろ、パンツとブラジャー、両方付けている君達の方が、枚数的に有利であろう」

 先輩が堂々と答える。


 先輩、ぶっ飛んでるわりに、そういう所は律儀りちぎにフェアなのか。

 それより、下着に手をかけるまでこの勝負を続けるって考えてる先輩が怖い。



「さあ、それでは勝負を再開するぞ!」

 先輩がパンパン手を叩いて言った。


 俺は深呼吸する。

 今度こそ、今度こそこの中の一人が下着姿になるかもしれない。



 例の音楽が流れて、花巻先輩が踊り始めた。

 運命の決戦が始まって、誰もが固唾かたずを飲んだ。


 そのとき、


 そのとき、グラウンドの方から、パパパパパパッって、鼓膜こまくを破るような連続的な破裂音がした。

 このコンピューター室の窓ガラスがビリビリと細かく振動して、反射的に月島さんが床に伏せる。

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