第54話 煙草

「あの、そういうの、いけないと思います」

 グループの前で停車して、文香が発した。


「あ?」


 ゴミ集積所にたむろしていた女子達がこっちをにらむ。

 この学校を裏で仕切ってると噂されるグループのみなさんだ。

 みなさん、校舎裏のここでおくつろぎのところだったらしい。


「みなさんは未成年なので、煙草はいけないと思います」

 煙草の箱を持った女子に向けて、文香がそう繰り返した。


 俺は止めようとしたけど、もう遅かった。

 文香はとんでもないみなさんに喧嘩けんかを売ってしまう。


 でも、文香にしてみれば、未成年が煙草を吸ってはいけないってことは当然で、別に喧嘩を売ったっていう自覚はないのかもしれない。

 俺みたいに空気を読んだりしないで、素直に言っただけなのだ。


「いい根性してんじゃん」


 座ったり、校舎の壁に寄りかかってた女子達が立ち上がった。

 けだるそうに歩いてきて俺を囲む。


 あれれ? 意見したのは文香なんだけれども。

 囲まれてるのは俺なんだけど……


 俺は六人の女子に囲まれて、すぐ後ろは文香の履帯りたいで逃げ場がなくなった。

 外国製の柔軟剤のキツい匂いとか、香水の匂いとか、噛んでるガムの甘ったるい匂いが混ざって頭がクラクラする。


 するといきなり、リーダーらしい人の脇にいた一人が、文香の車体で壁ドンして俺に顔を近づけてきた。


「お前、何組の誰?」

 その人が訊く。


 壁ドンされて、俺とその人の顔が近づいた。


 長い茶髪の毛先にぐるんぐるんのパーマをかけたその人は、ベージュのカーディガンに白いシャツ、チェックのミニスカートで、首にストライプのネクタイを結んでいる(ちなみにうちの制服はセーラー服だ)。

 制服のリボンを付けてないから分からないけど、たぶん三年の先輩だと思う。


「何組の誰!」 


「えっと、一年C組の小仙波です」

 俺は消え入りそうな声で答えた。


「ふうん、カワイイ顔してるじゃん」

 その人が言って、みんなが馬鹿にしたように笑う(リーダーらしい人だけは笑っていない)。



「で、煙草がなんだって?」

 その先輩が、さらに顔を近づけた。

 もはや先輩と俺の顔は、鼻と鼻がくっつきそうな距離になっている。

 ガチ恋い距離だけど、俺を睨みつける目が冷たくて怖かった。


「いえ、その……」


「この中に入ってるの、これなんだけど」

 その人が言って煙草の箱をひっくり返す。

 すると、その中から飴玉が出てきた。

 煙草の箱にお菓子が詰めてある。


「最近ちょっとお肌の調子が悪くて禁煙しててさ、煙草なんて吸ってないんだよ。この箱が丁度いいから使ってただけ。衣着ぎぬきせて、この落とし前どうつけてくれんの?」

 その人はそう言って、俺の鼻の頭を突っついた。


「す、すみません……」

 俺はカラカラになったのどからどうにか声を出す。



「あの、私が言ったことが気にさわったのなら謝ります。でも、これは冬麻君には関係ないので、冬麻君に手を出したりするのはやめてください」

 俺が背にしている文香が言った。

 文香が砲塔を回して、砲塔の正面が女子達のほうを向く。

 砲塔の正面が向いたってことは、120㎜滑腔砲と同軸機銃、12.7㎜重機関銃も女子達の方を向いた。


「こいつ、ホントにしゃべるんだな」

「しゃべっててうける」

「この大砲、ホントに撃てるの?」

「戦車のくせに、優等生ぶりか?」


 その人達が口々に言った。

 文香のこと全然怖がってないのか、それとも虚勢きょせいを張ってるのか。


「こいつ、ホントはお前がリモコンかなんかで動かしてるんだろ?」

 俺を壁ドンしてる人が訊く。


「い、いえ。文香はちゃんと自分でしゃべってます」

 俺は震え声で答えた。


「ふうん、まっ、どうでもいいや。でも、ペットの教育はしっかりしとけよ」

 その人が言って、周囲の女子が笑う(リーダーの人だけは笑ってない)。


 ペットって文香のことだろうか?

 この文香がペット?


 いや、文香は文香だ。

 それは、文香にも失礼だし、ペットにも失礼だ。



「文香はペットじゃありません」


 俺は、思わず言ってしまった。

 言ってから、まずいと思った。


「ああん?」


「…………あ、あの、文香はちゃんとした一つの人格を持っています。俺なんかよりも、よっぽど人間らしくて、思いやりがあるいい子です」

 俺は言葉を重ねる。

 ややこしくなるからこれ以上言うなって思うんだけど、口から勝手に言葉が出て行った。



「中々いい根性してるな」


 それまで黙ってたリーダーの人が声を出す。

 その人は褐色かっしょくの肌に金髪で、長い髪を片側に結んでいた。

 細い眉に、付け睫毛まつげのパッチリとした目元。

 チークとかピンクの口紅とか、メイクも完璧に決めている。

 白いシャツの胸元のボタンを三つも開けてるから、その胸元が気になってしょうがない(推定83センチ)。

 グレーのカーディガンを腰に巻いて、チェックのスカートをパンツが見えそうなくらいの長さで穿いていた。


「いい根性だけど、うちらにあらぬ疑いをかけたのは許せない。タイマンで勝負しろ」


 その人が言って、シャツを腕まくりした。

 腰に巻いていたカーディガンを外す。


 タイマンって……

 なんでそうなるんだ……


「お前みたいな男なんか、簡単にしてやるよ」

 その人はそう言って指をポキポキ鳴らす。


「お前が勝ったらこのことは水に流してやる。うちが勝ったら、お前とそのでかいのをうちらのパシリりする。いいな」


 いいなって、嫌だって言っても拒否権はないんだろう。


「お前が勝ったら私もお前が言うことなんでも聞いてやるよ」

 壁ドンの人が言った。


 えっ? 今なんでもって…………とか、考えてる場合じゃない。



 やばいことになった……


 タイマンとか、俺、絶対無理です。

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