第43話 渓流の宿
文香が先頭に立って、落石や倒木を蹴散らしながらどうにか山道を進むと、いきなり森が開けた。
山と山に挟まれた谷間に、
すぐ横に
そこに、多分、目的の温泉旅館だと思われる建物があった。
多分、っていうのは、その建物が旅館のホームページにあった建物とは似ても似つかない外見だったからだ。
ホームページに載ってたのは
二階建ての柱が
瓦屋根に分厚く落ち葉が積もって
その壁には、
窓から
そんな建物が、山の中に一軒だけぽつんと建っている。
月島さんが建物の前の空き地にハイエースを停めて、みんなが車から出てきた。
エンジンを止めた文香から、俺も降りる。
スマホでもう一度旅館のページを確認しようとすると、山奥だからか、スマホの電波は届いてなかった。
みんなのスマホも同じみたいで、ここでインターネットと繋がってるのは、文香だけなのかもしれない。
「よし、とりあえず、入ってみようか」
花巻先輩が言った。
さすがの花巻先輩もちょっと引き気味だ。
立て付けの悪い引き戸を開けて先輩が入っていく。
俺達も後に続いた。
玄関の横に、「
「ごめんください」
先輩が呼びかけた。
玄関から奥に長い廊下が繋がっているけど、薄暗いせいで突き当たりまで見えない。
しばらく待っても、誰かが応対する気配はなかった。
玄関の土間が広くて、やっぱりここは旅館って感じだ。
スリッパがたくさん並んでるし、右脇にはフロントみたいな仕切で囲まれたスペースもあった。
「ごめんください」
しばらくして、先輩がもう一度声をかける。
それでも反応はなかった。
「ここはきっとただの廃屋で、もっと先にホントの旅館があるんだよ」
今日子が言う。
「そうだね」
六角屋も頷いた。
できることなら俺もそれを信じたかった。
せっかくの温泉旅行が、こんなお化け屋敷みたいな旅館だった嫌だ。
だけど、
「ごめんください」
三度目に先輩が呼びかけたとき、奥の障子がピシャリと音を立てて開いて、中から背の低いお婆さんが出てくる。
「何度も何度もうるさいねぇ」
白髪のお婆さんは、しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして言った。
年齢は八十歳か、もっと上だろか?
お婆さん、小豆色の
「あのう、こちらの旅館に、私達の予約が入ってると思うんですけれど」
月島さんが訊く。
「ああ、聞いてるよ」
お婆さんはそう言って
もしかしたら、昼寝の最中だったのかもしれない。
「ひい、ふう、みい、あれ? 七人ってことだったけど」
俺達の頭数を数えて、お婆さんが言った。
「ええ、七人目は外に停車している戦車の文香君です」
花巻先輩が言う。
「はあ?」
お婆さん、先輩がなにを言ってるのか分からないみたいだ。
まあ、俺達だって最初はわけ分からなかったんだから、無理もない。
「まあ、どうでもいいよ。部屋に案内するから、付いてきな」
お婆さんが言って、さっさと暗い廊下を歩き出す。
俺達は慌ててお婆さんを追いかけた。
外と比べて、建物の中は少しはましだった。
廊下の床は掃除されていて目立つ
「あの、ここって、ホームページの写真とかなり違いますけど」
今日子がずけずけと言った。
「ホームページってなんだい?」
すると、お婆さんからそんな答えが返ってくる。
今日子が言葉を失って、それ以上なにも言えなくなった。
「今日は、私達の他にお客さんはいるんですか?」
月島さんが訊いた。
「いや、こんなところに泊まりに来るような
お婆さんが言う。
あの商店街の人達、どういう基準でこの旅館を賞品に選んだんだろう…………
廊下を奥まで歩いたお婆さんが、突き当たりの部屋の前で立ち止まった。
「それじゃあ、あんた達には、みんなでここに泊まってもらうから」
お婆さんが案内した部屋は、十畳間くらいの渓流に面した部屋だった。
いわゆる旅館って感じで、襖を開けた中には、座卓に座椅子があって、床の間があって、
多分もう映らないだろう、
「みんなでって、この部屋一部屋だけですか?」
伊織さんが訊いた。
「ああ、他は雨漏りなんかが
「えっ、一部屋ってことは、ここで男女相部屋ですか?」
俺は訊いた。
「ああ、ちゃんと人数分のふとんも用意してあるよ」
お婆さんが事も無げに答える。
素晴らしい!
スプレンディッド!
この旅館、最高!
言われてみれば、この旅館、ちょっと古いけど
静かで、都会の
そんな場所で、ままま、まさか、伊織さんと枕を並べて寝られるなんて…………
「ほらそこ、ニヤニヤしない」
今日子が突っ込んできた。
まずい、喜びが顔に出てたみたいだ。
「じゃあ、夕飯は五時だからね。昨日、
お婆さんが、俺達にお茶を煎れながら言う。
撃ってきたって、このお婆さんが撃ってきたんだろうか?
「あの、お夕飯まで温泉を頂いていいですか?」
月島さんが訊いた。
「ああ、ここは何にもないけど、お湯だけは豊富だからね。源泉掛け流しさ。女湯と男湯があるから、自由に浸かってきな」
お婆さんが言う。
このお婆さん、口調はぶっきらぼうだけど、いい人なのかもしれない。
「あのう、ここ、混浴の露天風呂もあるんですよね?」
俺は訊いた。
大切なことだから、何度でも訊こうと思う。
「あんた、露天風呂に入るのかい?」
お婆さんが、
顔の深い皺が、さらに深くなった。
「はい、楽しみにしてきたんです」
「じゃあ、これを持っていきな」
お婆さんはそう言って、廊下にあったゾンビでも殺せそうな立派なシャベルを俺に渡す。
えっ?
温泉なんだから、タオルとかじゃないの?
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