第9話 D A  I

 翌日。豊はカフェ・ハッピークローバーがある最寄りの駅に到着していた。沙羅はもうすでにカフェに向かっている。

 豊は腹痛でトイレに寄って、今やっとカフェに向かおうとしているところだった。鬱病うつびょう……というよりは、ストレスなのかもしれない。外に出かけるとよく腹痛を起こすことがあった。

 おかげで、大久保が指定した十九時に余裕を持ってきたはずが、カフェ・ハッピークローバーに着いたのはギリギリになってしまった。

 店内は相変わらず貸切のようで、店の奥のテーブルに見知った顔が揃っていた。

「お待たせしました」

 豊はそのテーブルに声を掛ける。すでにテーブルには、大久保おおくぼ野津のづ久枝ひさえだ沙羅さらが待っていた。

 席に着くと、豊は背もたれにリュックサックを掛けた。

「時間ピッタリだ、問題ないよ。遠峰とおみね君」

 大久保が左腕の時計を確認する。今日も大久保はオールバッグにメガネで高価そうなスーツを着ていた。スーツと同様に時計も高価そうな見た目だった。左手の中指には今日も緑色のカレッジリングが光っている。

 店員が注文を取りに来たので、豊はコーヒーを頼んだ。

若見わかみさんは来ないっすね」

 野津が誰ともなしに言った。野津は今日もニットキャップにジージャン、ジーパンというラフな格好だ。

「できれば、全員揃って欲しかったんだけどな」

 久枝が野津に相槌あいづちを打つ。久枝のスーツは大久保のスーツに比べて、幾分くたびれていた。

「若見さんはもうロージナとかアトカースとか、今の状況に嫌気が差してしまったのかもしれないね」

 大久保は、肩をすくめて、やれやれといったジェスチャーをした。

「まあ、いいか。若見さん抜きで話を始めよう」

 大久保は豊と沙羅の方に体を向けた。

「率直に聞きたいんだけど、アトカースのことを君たち二人はどう思ってる?」

 大久保が豊と沙羅に質問を投げかける。

「どうって……。危険なAIエーアイだと思っていますよ。すぐにでも止めないとマズいと思ってます」

 豊の意見に沙羅も頷く。

 大久保は小型パソコンThreeMaxスリーマックス2Sを自分の前に置いた。

「正直なところ、もう私たちのパソコンの中にはもうロージナは入っていない。私のパソコンには……アトカースが入っている」

「えっ?」

 豊も沙羅も驚きを隠せなかった。

「この前のアトカースゲームの後にね、黒い改造hopperホッパーからコピーしたんだよ」

「……どうしてですか?」

 運命共同体だと思っていた大久保たちに裏切られた気がして、豊はやっとの事でそれだけ言うことができた。

「この国には、人間が多すぎると思わないか?しかも、都市部に集中して。そして、自分の利益ばかりを求める馬鹿な政治家たち。……私はね、一度、この国を壊して作り直した方がいいと思っているんだ。それには、D.A.I。犯罪者や犯罪者予備軍が使うアンダーグラウンドのインターネットであるダークウェブから名前を取った、Darkダーク Artificialアーティフィシャル Intelligenceインテリジェンスのアトカースの力が必要なんだ。某国にハッキングしてミサイルを遠隔発射できるアトカースの力が!」

 大久保の目は本気だった。とても冗談を言っているようには見えない。本気でアトカースの力を利用してこの国を作り直す気なのだ。

 今日は、この前とは違うニットキャップを被っている野津が口を開く。

「俺は大久保さんほどの大義はないっすよ。ただ、hopperホッパーに入れるだけで、殺人も可能なAIエーアイは貴重っす。普通は人間を攻撃できないように作りますからね。俺はアトカースをコピーして、アメリカ軍にでも売ろうと考えているだけっす。もう、アメリカ軍にコンタクトを取り始めてるっす」

 野津も飄々と自分の考えを語りながら、豊が持っているのと同様の小型パソコンを自分の前に置いた。

 次は久枝が口を開く。

「私のパソコンにはアトカースは入っていない。入っているのは、アルヒーミヤだ」

 アルヒーミヤは資産管理用のAIエーアイだったはずだ。

「警察の仕事は、何かとストレスが多くてね。警察の上の人間は、事なかれ主義で正しいことをする人間を正しく評価しない。評価されるのはキャリア組と決まっている。外に出れば、一般人は自分の罪を誤魔化そうとする者ばかり。警察官は、人間の嫌な部分ばかりを見ることになる。それで、非番の日にストレス発散として、ギャンブルにのめり込むようになってしまってね。……恥ずかしながら、ギャンブルで多額の借金を作ってしまった。だから、アルヒーミヤに資産運用してもらっているんだ」

 久枝も自分の前に小型のパソコンを置く。

「そして、私も野津君も大久保さんの計画には賛同している」

「……計画?この国を作り直すってことですか?」

 豊の疑問に答えたのは、大久保だった。

「そう、この国を壊して作り直す。すでにその計画は実行段階に入っている。今夜のうちに某国にあるミサイルが一つ残らず、この国の都市部、原子力発電所に向かって発射されるだろう。核ミサイルが完成していれば、アメリカにも打ち込んだのに。……第三次世界大戦の引き金としてね」

 大久保は心の底から残念がっているように見えた。

「そうすれば、アトカースを売りつける後押しができるっすからね」

 野津がまるでいたずらを考えついた少年のような顔で付け足した。

「どうだい?君たちも私たちと一緒にこの国を作り直さないか?」

 大久保はそう言って、手を差し出す。

「本気……ですよね?」

 大久保の問いに質問で返したのは沙羅だった。

「もちろん」

 大久保は笑顔で答える。

「二人が望むなら、アトカースを売った金を山分けしてもいいっすよ」

 野津がニットキャップを直しながら、提案する。

「アルヒーミヤをインストールしてもいいよ」

 久枝も大久保、野津に合わせて豊たちを仲間に引き入れようと提案してきた。

「でも……アトカースもアルヒーミヤも中原さんが作ったものですよね?」

 豊は大久保の目を見て、問い掛ける。豊の足は貧乏ゆすりを始めていた。

「あぁ、だが、中原泰裕なかはら やすひろはもうこの世にいない。私たちがアトカースを使っても問題はないはずだが?むしろ、自分が作ったものが有効利用されて、あの世で喜んでいるかもしれない」

「倫理的な問題だ。いくら作った人間がもうこの世にいないからって、勝手に使っていいわけない。中原泰裕なかはら やすひろがアトカースのこんな使われ方を望むわけがない!」

 豊の貧乏ゆすりは、さらに速度を増していた。

「望んでいるさ!でなければ、アトカースを作ったりはしないだろう」

 大久保は言いながら、左手中指にしている緑の石が飾られたカレッジリングをいじる。

 突如、豊の貧乏ゆすりが止まる。そして、深く考え込み始めた。

 豊はしばらく考え込むと、大久保に答えた。

「分かりました。協力します。僕にもアトカースを送ってもらえますか?すぐにインストールするので」

「ちょ……豊、本気なの?」

 沙羅が驚きの声を上げる。大久保たちに続いて、豊にも裏切られた気がした。

「本気だよ。沙羅も知ってるだろ?僕は鬱病うつびょうで常に死にたいと考えている。大量の道連れができて嬉しいぐらいだ。沙羅もお姉さんが亡くなって死にたいんだろ?ちょうどいいじゃないか。沙羅もアトカースをインストールしようよ」

 豊がそう言って笑顔を作ると、沙羅はイスから立ち上がった。

「……私は協力できない。豊だって、自分で家族を犠牲にできないって言ってたじゃない」

 豊が弁解をする前に、沙羅は店から出て行ってしまった。

「気にすることはないさ。彼女もすぐに犠牲者の一人になる。そんな事より、アトカースを送るからインストールしてくれ」

 大久保はそう行って、目の前に置いてあった小型パソコンに話しかけた。

「アトカース、遠峰君にアトカースのコピーを送ってくれ」

「了解」

 小型パソコンから声がする。アトカースゲームの時に黒い改造hopperホッパーからした声だ。それはロージナとは似ても似つかないというか、全く違う男性の声だった。ロージナは可愛らしい女性の声で答えてくれるというのに。

 すぐに豊の小型パソコンThreeMaxスリーマックス2Sにメールが届いた。ギガバイトを超える添付ファイル付きだ。

「ロージナ、大久保さんからのメールを開いて、ファイルをダウンロードして。ダウンロードが終わったら、解凍ソフトで解凍」

 豊の小型パソコンの画面の半分を占領している女性が「了解です」の声と共に、指で丸を作って答える。アトカースにはこういう可愛げはないのだろうと思うと、アトカースのインストールに気が進まなかった。しかし、もうやるしかない。

 しばらくすると、ロージナが「解凍まで終わりましたー!」と声を掛けてきた。

 豊はそれに頷くと、

「じゃあ、そのファイルをインストールして」

 とロージナに指示する。

 大久保と久枝はコーヒーを、野津はアトカースゲームの時と同じようにコーラを飲んで、ゆっくりと豊のその作業を見守っていた。

 インストールが終わると、ロージナの隣にロボットのような——どちらかと言えばアンドロイドの方がしっくりくるかもしれない。ロボットと人間が入り混じったような——イラストが現れた。これがアトカースって事なのだろう。

「インストール完了しました」

 ロージナが報告してくれる。

「……」

 アトカースは何も喋り掛けてこない。

「えっと……アトカース?」

 豊が恐る恐る話し掛けると、アトカースはやっと答えてくれた。

「あぁ、AIエーアイアトカースだ」

 アンドロイドのイラストは動いて、腕を組む。何か文句があるのかとでも言いたげな格好だった。

 それを聞いて、大久保が豊に握手を求めてくる。

「よし、これで私たちは仲間……運命共同体だ」

 豊もそれに答えた。

「……それで、これからどうするんですか?」

 豊が大久保に質問する。

「何もしない」

「えっ?」

「もうアトカースに某国からミサイル発射の指示は終わっている。私たちは待つだけさ。ゆっくりコーヒーでも飲みながらね」

 大久保はそう言って、コーヒーを口に運ぶ。

 確か大久保は、都市部と原子力発電所にミサイル攻撃を行うと言った。ここにいたら、死にたがりの豊はともかく、この国を作り直したいと考えている大久保たちにはマズいのではないのだろうか。

「アトカース、いくつか質問してもいいかな?」

 豊は自分の小型パソコンに向けて声を掛ける。

「何だ?」

「ロージナは当然分かるよな?アトカースを作った中原泰裕なかはら やすひろが作った自宅を管理するAIエーアイだ」

 画面上は今、アトカースの隣にロージナがいる。AIエーアイ同士で認識はできるのだろうか。……AIエーアイ同士で話ができたら面白いのだが、今は自分の好奇心を満たしている場合ではない。

「そういうAIエーアイがあるというのは認識しているが、詳しくはインプットされていない」

 画面上では、ロージナが隣にいるのに……。アトカースの答えは豊にはとても滑稽こっけいに聞こえた。しかし、面白がってばかりもいられない。ここからが本題だ。

「ロージナのコピーは、中原泰裕なかはら やすひろの自宅にあるパソコンにインストールされている本体とインターネット経由で同期することでコピーと情報を共有することができる。アトカースはどうなんだ?各コピーが独立しているのか、それともやっぱり中原泰裕なかはら やすひろの自宅にあるパソコンにインストールされている本体と情報をやり取りできるのか?」

「両方だ」

 アトカースの答えは豊にとって意外なものだった。

「両方?」

「この前のアトカースゲームの改造hopperホッパー百体にコピーをインストールしても百体が全部勝手に動いたんじゃ話にならない。そういう場合は、中心となるアトカースがいて、インターネット経由で指令を出す。しかし、他のアトカースとの連携が不要の場合は、LOSERルーザーシステムとの連携だけしか行わない」

「なるほど」

 豊にとって、最悪の答えが返ってきた。

 中原泰裕なかはら やすひろの自宅にあると思われるオリジナルのアトカースを削除すると共に、大久保たちが持っているアトカースのコピーも、黒い改造hopperホッパーにインストールされたアトカースも全て削除しなければ、アトカースの脅威は無くならないということだ。

 豊はゆっくりと小型パソコンのキーを打ち始めた。大久保たちにバレないようにゆっくりと。「……大……久保……大……樹……が……命令……した……某国……からの……ミサ……イル……発……射……を……キャ……ンセ……ルでき……るか?」

 アトカースは腕を組んで、ゆっくりと首を振る。

 どうやら、キーボードでアトカースに話しかけたことで、アトカースはサイレントモードになったらしい。アトカースの顔の横に吹き出しが現れると、そこにアトカースの言葉が現れた。

「答えはノーだ。他のアトカースがすでに発してしまった命令をキャンセルすることはできない。アトカース同士だと優先度が変わらないから、早い者勝ちだ。できるとしたら、もう一度同じ命令を実行することぐらいだ」

「……命令……を……出し……た……アト……カース……が……消去……されて……も……命令は……キャ……ンセル……でき……ない?」

 豊は再び、ゆっくりとキーを押していく。

「無理だ」

 アトカースからの無慈悲な答えが返ってきた。

 つまり、某国からのミサイル攻撃はもう誰にも止められないということだ。「くそったれめ!」豊は心の中で毒づいた。

 日本にミサイルがやってくるまでに後どのぐらいの時間があるのだろうか。……のんびりとしている時間はない。

 とりあえず、全アトカースを削除するために、目の前にいる大久保、野津の小型パソコンを破壊した方がいいだろう。でないと、どんどん新しい命令をされてしまう。放って置けば置くほど、日本に飛んでくるミサイルが増え続けると考えてもいいだろう。大久保は日本を作り変えるのが目的なのだから。

 野津のパソコンも同様だ。アトカースがアメリカ軍にでも渡ってしまったら、それこそ全アトカースを削除することが不可能になってしまう。

 豊は大久保の小型パソコンへと手を伸ばした。しかし、寸前のところで、大久保に奪われてしまった。続けざまに野津の小型パソコンにも手を伸ばすが、豊が奪うことはできず、野津の手に収まってしまった。

 大久保と野津が怪訝な顔を作る。

 豊は立ち上がると、イスの背もたれに掛けたリュックサックを背負う。そしてリュックサックの中から、スリングショットを取り出した。

 スリングショットは、攻撃力が高められたパチンコだ。強力なゴムが装着され、狙いがブレないように、パチンコの持ち手の方には腕に固定するパーツが付けられている。

 豊は同じくリュックサックから取り出したベアリング——いわゆる、金属製のパチンコ玉だ——をスリングショットにセットする。本当はまた改造hopperホッパーが現れた時の対策だったのだが……。勢いよくスリングショットを引くと、豊は大久保の持っている小型パソコンに狙いを定めた。

「やっぱりあなたたちの協力はできません!」

 豊はそう言い放つと、大久保の持っている小型パソコンにベアリングを打つ。ベアリングは大久保の小型パソコンに吸い込まれるように飛んで大久保の手から弾き飛ばした。

「危ねえ!」

 大久保の手から小型パソコンが吹き飛ぶと、床に落ちバラバラになった。

「そんなもの体に当たったら、どうするんっすか!」

 野津が怒りを露わにする。

 豊は次のベアリングをスリングショットにセットすると、野津の小型パソコンに狙いを定める。

 野津は体を捻り、自分の体で小型パソコンをガードする。

「体に当たったら、どうなるか分からないぞ!諦めろ!」

「うるさいっ!アトカースがアメリカ軍にいくらで売れると思ってるんだ。絶対に渡さないぞ」

 このままでは、野津の小型パソコンを破壊することはできない。

 豊はまだ状況が掴めていないでいる久枝の小型パソコンに狙いを変えた。久枝のパソコンはまだ、テーブルの上に置いてあった。

 状況を理解した久枝の顔が青ざめる。

「止めっ……」

 久枝の言葉が最後まで終わらないうちに、豊はスリングショットからベアリングを放った。

 小型パソコンに久枝の手が届く前に、ベアリングはテーブルの上から小型パソコンを吹き飛ばした。勢いよく床に落ちた小型パソコンは大久保の小型パソコンと同じくバラバラになった。

「俺のはアルヒーミヤだから、壊すことないだろうが!」

「いつ、アトカースが入るか分からないじゃないか」

 豊は涙ぐむ久枝に答えると、新しいベアリングを取り出し、再び野津に狙いを定める。

 自分から久枝に狙いが変わったことで、若干気が緩んだのか、豊の位置から少し野津の小型パソコンが姿を現した。しかし、まだ野津に当たる方が確率が高い。体にベアリングが当たると服の上から当たっても、骨折まではいかないまでも、痣ぐらいはできるだろう。野津には悪いが、それで小型パソコンを落としてくれれば……。

 テーブルの上には、飲みかけのカップやグラスが乗っている。今日も野津はコーラを頼んだのだろう。黒い液体の入ったグラスがテーブルに置いてあった。

 豊はゆっくりと野津から狙いをテーブルの上のグラスに変えた。そして、スリングショットからベアリングを放つ。ベアリングは豊の狙い通りに飛び、派手な音を立ててテーブルの上のグラスを粉々に破壊した。

「うわっ!」

 野津からしたら、突然グラスが爆発したかのように感じたかもしれない。

 野津はそれで驚いたらしく、小型パソコンを手から滑り落としてしまった。床に落ちた小型パソコンは落ちた高さがそれほどでなかったため、バラバラになりはしなかった。しかし、豊から見るとちょうど横向きに床に立っているような状態だった。

 豊はもう一度ベアリングをスリングショットにセットすると、すぐさま野津の落ちた小型パソコンを狙って放った。

 雑に狙ったため、ベアリングは小型パソコンのすぐ手前の床で跳ねる。しかし、それが功をそうし、小型パソコンを直撃した。野津の小型パソコンは激しく回転しながら、吹き飛ぶ。

「よしっ!」

 これで、大久保たち三人の小型パソコンは破壊した。もうアトカースに新しい命令はできない。後は、すでに出されてしまった命令をなんとかしなくては。

「アッハッハ」

 突如、大久保が笑い出した。

「何が可笑しいんだ?」

「私がプランBを用意していないと考えているんだと思ってね」

「何っ?」

 大久保が言うと、店の周りに黒いhopperホッパーが現れた。それも一台ではない。ぞろぞろと黒いhopperホッパーが次から次へと現れる。赤く光る目がどんどん増えていているのが分かった。hopperホッパーはカフェの店内にも入って来る。

 外と合わせると、また百体はいるのではないだろうか。以前と比べて、若干の改造が加えられていた。ナイフやなた、斧、釘打ち機を持っているのは一緒だが、何かの缶とライターを持っている黒いhopperホッパーがいる。おそらく、即席の火炎放射器ってところだろう。

「百台の改造hopperホッパーだ。ここから抜け出すことはできないよ。さっき君がアトカースにキーボードで命令を出している間に、こっちもキーボードで彼らに召集をかけた」

 大久保が笑顔で言う。豊には大久保が映画の中のギャングのボスのように見えた。

 豊はリュックからベアリングを取り出すと、店内の黒いhopperホッパーに狙いを定めた。

 豊から一番近くにいるhopperホッパーにスリングショットを放つ。ベアリングがhopperホッパーの顔に直撃する。hopperホッパーの顔が欠けて、片方の赤い目の光が消えた。顔が欠けて、片目が赤く光る黒いhopperホッパーは不気味だった。しかし、hopperホッパーの活動が止まることはない。

 豊に向けて、炎が噴射された。間一髪で、豊は炎を避ける。

 やはり、スリングショットでhopperホッパーに致命的なダメージを与えることはできるない。

 豊は、hopperホッパーに近づくと、hopperホッパーの上半身を思い切り蹴飛ばす。

 hopperホッパーはバランスを崩し、派手な音を立てて倒れた。hopperホッパーの上半身に付けられたモニターにヒビが入る。だが、まだモニターは点いていた。

 hopperホッパーは起き上がろうとしたが、hopperホッパーは自力で起き上がることができなかった。他のhopperホッパーが二台両側から手を差し伸べてなんとか立ち上がる。

 いっぺんに百体のhopperホッパーを倒さないと、いつまでもこの場から脱出することはできないだろう。

 一体一体相手にしては、鬱病うつびょうで引きこもりの豊には体力が持たないだろう。いずれ、hopperホッパーの攻撃を受けてしまうのは目に見えていた。加えて、大久保たちが何かしらの攻撃をしてこないとも限らない。それに、ゆっくりもしていられない。大久保のアトカースから出されたミサイル攻撃の命令は解除することができない。つまり、次の瞬間にも某国からミサイルが飛んでこようとしているのだ。これも何とかしなくては。

 とにかく、まずはこのカフェから脱出しよう。

 豊は手近にあったイスを掴むと、体の前にイスを持ってくる。そして、そのまま出口へと突進した。

 だが、すぐにナイフを持った黒いhopperホッパーに行く手を遮られてしまった。それは、まるでそこに生えている樹木を相手にしているかのようにビクともしない。黒いhopperホッパーは、以前よりも力を強化されているのだろうか。

 そもそもhopperホッパーの足は、人間のように二本に分かれてはいない。スカートが地面に着いたようなデザインになっている。おそらく、スカート状の足の中には車輪が入っているのだろう。

 その形状からバランスを崩すのは中々難しい。柔道の投げ技のように足を引っ掛けた状態で、上半身のバランスを崩せれば、倒すことができるだろう。さっき、豊が蹴飛ばしたことでhopperホッパーが倒れたのは幸運なことだったようだ。

 すると、別の黒いhopperホッパー二体が武器を持っていない方の腕で、豊を掴む。豊は両肩を押さえられて、身動きが取れなくなってしまった。豊の右側にいるhopperホッパーが包丁を持っている方の腕を上げるのと同時に、豊の左側にいるhopperホッパーなたを振り上げる。

 しまった。このままではアトカースに殺されてしまう。豊は何とか黒いhopperホッパーの腕を振りほどこうとするが、恐ろしい力で押さえつけられていて、全く動くことができない。

 黒いhopperホッパーの腕が振り下ろされる。もう、ダメだ。豊は思わず目をつぶった。

 その時だった。聞き覚えのある声が豊の耳に聞こえてきた。

「話は全部聞かせてもらったぜ!」

 豊が恐る恐る目を開けると、豊に振り下ろそうとしている黒いhopperホッパーの腕を若見が押さえていた。

「若見さん!」

 アトカースゲームをサッカーゲーム『シャイニングイレブン』でクリアした、おそらくサッカー好きの若見がそこにいた。

 柔道の経験でもあるのだろうか。若見はあっという間に豊を掴んでいた三体の黒いhopperホッパーを投げ飛ばした。

 豊もそして、大久保たちも呆気に取られていた。

「何か様子がおかしいと思って隠れて話を聞いていたんだ。さぁ、ここは任せて先に行け!……くぅー、このセリフ一度言ってみたかったんだ」

「若見さん、恩に着ます」

 豊は黒いhopperホッパーの間をすり抜けて走り出した。

「おう、気にするな。こいつら全部ぶっ壊してやる!」

 現に若見に投げ飛ばされた黒いhopperホッパーたちは、頭の部分に致命的なダメージを受けたらしく、そのままの状態で倒れ込んでいた。

 数体の黒いhopperホッパーの横をすり抜けた時、豊は肩を掴まれた。体を回転させて振り解く。

 直後、目の前にいた黒いhopperホッパーにがっしりと腕を掴まれて、豊はそれ以上進めなくなってしまった。流石に百体の横を何もなしに通り抜けることは難しい。

「クソっ!」

 そこへ若見が飛んでくる。文字通り、空中を。

 どうやら、手前の黒いhopperホッパーを踏み台にして、ジャンプしたらしい。そのまま、豊を掴んでいる黒いhopperホッパーに飛び蹴りを放つ。

 ……若見さん、見た目五十代ぐらいなのに、こんなに動けるおじさんだったとは。

「走れっ!」

 若見は着地すると同時に叫ぶ。黒いhopperホッパーから解放された豊は再び走り出すと、それを見ていた大久保も叫び声を上げる。

「アトカース、あいつを逃すな!」

 それが逆効果だった。AIエーアイにあいつで通じるわけがない。遠峯豊とおみね ゆたかを逃すなと言えば、良かったのに……。あいつと言われて百体近くのアトカースの、黒いhopperホッパーの動きが一瞬止まる。

 豊はそれを見逃さなかった。次々と黒いhopperホッパーの脇をすり抜けて行く。

 黒いhopperホッパーはカフェの外にも広がっていた。豊は、駅に向かって走って行く。

「若見さん、よろしくお願いします」

「おうっ!ここは任せろ」

 言いながら、若見は黒いhopperホッパーを投げ飛ばす。

 ひょんなところに心強い味方がいたものだ、と豊は走りながら思った。これで、アトカースのミサイル攻撃を止めるのも可能に思えてきた。

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