第二章 一四歳になった少年 7

 翌朝、起きる。

 するとルナマリアは昨晩の宣言通り、朝食を作っていた。

 あらかじめ持っていたのか、立派なけいらんとベーコンのいため物を作っている。パンは長旅用のかたきパンだった。それに昨晩の残りのスープをえている。

 なかなかにごうせい美味おいしかったのだが、食べ終わると僕の目を気にせず衣服をえ始める。

 僕はあわてて彼女に背を向ける。

「い、いきなりがないで」

「分かりました。今度からは許可を得て脱ぎます」

「そうじゃなくて、男の目を気にしてよ」

 きょとんとした顔をしながら彼女は問う。

「私のはだにはやましいところはありません。ましてやこの身はウィル様に捧げたもの。見られてずかしい理由はありませんが」

「僕はあるの!」

 そう言うと今後はつつしむように約束させる。

「分かりました」

 と言うが、どこまで理解してくれたか。生来、彼女は、他人の視線にとんちやくなところがあるようだ。また、巫女の集団と暮らしてきたところもそれにはくしやけているようである。

 ある意味、ミリア母さんと同じくらい開けっぴろげなところがあるかもしれない。

 そう思ったが口にせず、荷物をまとめるとりゆうの穴へ向かう。

 竜の穴はすぐ近くにある。テーブル・マウンテンの北のけいしや部分にあるのが竜の穴であるが、穴の近くまで寄るのはそれほど難しいことではなかった。

「問題なのは中に入ることなんだよね」

「中ですか」

「うん」

「傾斜部分に穴が開いていますが、ロープを使えば簡単に入れそうですが」

「いや、入るのは簡単だろうけど、中にどんなやつがいるか」

「竜がいるのではないのですか?」

「基本的にはそうだけど、ここの竜はすぐにすみを変えるんだ」

「どうしてでしょうか?」

「大形のえさが少なくて住みにくいのかも」

 予想を述べると、なるほど、と、うなずく巫女。

「それではどのような竜が住んでいるか分からないのが危険なんですね」

「うん、ヴァンダルが教えてくれた東方の兵法書にもある。敵を知り、己を知れば百戦あやうからずって。でも、敵が分からないとなあ」

「じっくり調べる時間はなさそうです」

 太陽を見上げる。正午までにはもどらないといけないのだ。

「だね、なやんでいても仕方ない。さくっと中に入ろう」

 と言うと同時に中に入る。ロープを下ろし、先に下りるが、しんである僕は上は見上げない。

 僕のあとにルナマリアが「うんしょ、うんしょ」と下りてくるが、彼女が下りると同時に穴の中に入る。

 竜の穴は思ったよりも大きい。この大きさならば古竜ですら住処にできるのではないか、そう思った。

 僕たちは用心に用心を重ねながら、どうくつの中に入るが、幸運なことにちゆうものには出くわさなかった。

「ついていますね」

 ルナマリアの言葉であるが、僕は同意しない。魔物がいないということはそれだけこの穴の主が危険なのではないか、という推察も成り立つからだ。

 しかし、さらに幸運なことに第三階層にやってきてもなにものにも出くわさない。この穴の主である竜もいないのだ。

「食事に出ているのでしょうか」

「たぶんね」

「それは幸運です。我々の目的は薬草なのですから」

 ルナマリアがそう言うと、第三階層にとうちやくする。そのはしに白くかがやく花を見つける。

「あった! あれがせいらん草だ!」

 そう言うと素早くそれに近寄り、む。

 聖蘭草は根が浅く、簡単に摘むことができた。

 これでミッションコンプリートである。

 とあんのため息をらしていると、風の流れが変わったことに気が付く。

「……なにかがくる!」

 僕がそう言った瞬間、ほうこうと共にやってきたのは青いを持ったドラゴンだった。

「あれはブルードラゴン!」

 ルナマリアがさけぶ。

 ブルードラゴンとはスカイドラゴンの別名で、大空をけ回るドラゴンのそうしようである。

 大きさは千差万別であるが、この個体はそれなりに大きい。先日たおしたレッドドラゴンと同じくらいの大きさだった。

 同じ大きさということは同じくらい強力ということである。僕はルナマリアの前に立ちはだかると、じゆもんえいしようし、《しようへき》を作った。

 僕の判断は正しくむくわれる。僕がバリヤーを作ると同時にドラゴンは強力なほのおの息をく。

 周囲にあった草花があっという間に灰になる。もしも障壁を作っていなければ僕たちもああなっていたことだろう。

「ありがとうございます、ウィル様、命拾いしました」

「その言葉はやつを倒すか、げ切るまで取っておいて」

「そうですね。しかし、先日もレッドドラゴンをゆうで倒したウィル様です。負けるとは思えません」

「毎回、そうを期待されてもなあ」

 とを漏らすが、戦わない、というせんたくはない。命までは取らないが、この巣から逃げ出すくらいのいちげきあたえたかった。

 僕はこしたんけんに手をばすと、それをき放ち、ドラゴンに接近する。

 竜のようなきよたいいどむのはそうそうないことだが、僕はだんから竜よりも何倍も強い人たちのふところに飛び込んでいた。

 ローニンの懐に飛び込むことに比べれば、なにもこわいことはない。

 そんな気持ちをいだきながら、竜の懐に飛び込むと、そのままミスリル製の短剣で竜のうろこを切りく。

 紙でも切り裂くかのようにすうっと通る短剣。さすがはミスリル製である。と納得しながら斬撃を加えていくと、竜はいかりに満ちた反撃をしてくれる。

 きよだいり回し、僕を殺そうとするが、その一撃をさつそうとかわすと、短けんりよくを込め、斬撃を加える。

 まっすぐに伸びたけんせんはそのまま尻尾しつぽに向かい、尻尾はその剣閃をまともにらう。

 すると尻尾は竜の身体からだから切断される。部位かいに成功したのだ。

 竜の身体から放たれた尻尾は、ぴくぴくとうねる。まるでトカゲの尻尾のようであった。

 ただ、トカゲとちがうのは尻尾を切断されると痛みをともなうということだろうか。ブルードラゴンは苦痛に満ちた咆哮を上げる。

 僕はそれを身体全体で受け止めると、れつぱくはくを入れ、叫んだ。


「ブルードラゴンよ! この穴から去れ! この山から消えろ! さすれば命までは取らない!」


 僕の言葉が通じたかは分からないが、ドラゴンは僕と戦うおろかさをさとったのだろう。僕に背を向け、入り口から飛び立つ。

 そのまま大空の彼方かなたへ消えていく。

「……勝ったのかな?」

 ドラゴンの気配が消えると、ぽつりとつぶやくが、勝利を確信させてくれたのはルナマリアの言葉だった。

 彼女はその場で飛びねながら、僕に近寄ってくる。僕を力強くきしめる。

「さすがはウィル様です。赤きドラゴンに次いで青きドラゴンも倒しました。ドラゴンスレイヤーです」

「追い払っただけだよ」

 彼女の胸の谷間から真実だけを告げると彼女は首を横に振る。

けんそんするところも素晴らしいです。ささ、勇者様、さっそくこの薬草を持って神々の住まいに戻り、旅立ちを祝福してもらいましょう」

 ルナマリアは一刻も早く旅をしたくてたまらないようだ。

 たしかにゆっくりとしていれば約束の正午を過ぎてしまいそうだったので、僕たちは素早くてつしゆうするが、帰り道、僕たちはドラゴンよりもやつかいな存在に遭遇する。

 それは女神ミリアの用意したわなであった。

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