　最高の父さんと母さんたちに愛情を持って育てられる。

　最強の父さんと母さんたちに厳しく修行を施（ほどこ）される。

　すると僕はすくすくと立派に育つ。

　病気することなく、一二歳まで育つ。

　この世界では一五歳が成人であるが、一二歳には大（たい）抵（てい）の子供は家業を継（つ）ぐか、それ以外の道へ進むかの進路を決めている。

　農地を継ぐ子供は鍬（くわ）や鋤（すき）の修復方法を覚える。種をまく季節を覚える。

　領地を継ぐ子供は武術の訓練を始め、立派な騎（き）士（し）になることを誓う。

　商人の子供は読み書き算術を学ぶのだ。

　一方、僕はというと進路を迷っていた。

　なぜならば父親と母親の意見がバラバラだからである。

　剣（けん）神（しん）ローニンは当然のように剣を僕に託（たく）す。

「男がちまちまと回復や魔術など馬（ば）鹿（か）らしい。男は剣を握（にぎ）るべきなんだ」

　治（ち）癒（ゆ）の女神ミリアはそんなの野（や）蛮（ばん）よ、とポーションを渡す。

「ウィルは優しい子。治癒の道を極め、山の聖者になるべきよ」

　魔術の神ヴァンダルは言う。どちらもくだらない、と。

「魔術の真理こそ人間が学ぶべきこと。魔術の深（しん）淵（えん）を探究してこそ人生の尊さも味わえる」

　それぞれに違う主張をする。皆（みな）、こめかみをひくつかせる。ローニンは腰（こし）の刀に手を伸（の）ばし、ミリアは身体（からだ）に魔（ま）力（りよく）をまとわせ、ヴァンダルは杖（つえ）に手を伸ばす。

　三者三様どころか、敵対する始末。

　僕としては三人の父母、皆好きだったので、ひとりだけを選ぶことはできない。

　ローニンもミリアもヴァンダルもそれぞれに大好きであった。

　しかもただ大好きなだけでなく、それぞれの得意とする分野も好きなのである。

　剣を振（ふ）るうのも好きだし、ポーションを調合するのも好きだし、魔術の本を読むのも好きだった。

　それらを極めたい。色々な基（き）礎（そ）を学んだが、それぞれさらに極めたいと思っていた。

　そのことを三人のいない場所、木の上で告白すると、褒（ほ）めてくれる人物が現れる。

　鳥の姿をした人物だった。

　彼の名前は万能の神レウス、赤子だった僕を拾ってくれた恩人だ。

　彼は無（む）貌（ぼう）の神、千の化身を持つ神の異名がある。あらゆる姿に変身できるのだ。

　ヒヨドリの姿をした四人目の父親は、謹（きん）厳（げん）実直な声で僕を褒める。

「ウィルよ、お前は素晴らしいな。我（わ）が儘（まま）な三人の父母の期待に応えている」

　苦笑を漏（も）らしながら答える。

「そんなことはないよ。父さんたちの修行はどれも本当に面白いんだ」

「しかし、いつかはどれかを選ばなければなるまい」

「やっぱりそうかな？」

「そうだ。お前には才能があるが、さすがにすべてを極めるのは難しいだろう。剣（けん）術（じゆつ）ではローニンに及（およ）ばない、治癒ではミリアに劣（おと）る、魔（ま）術（じゆつ）ではヴァンダルに勝てない。それでは竜（りゆう）頭（とう）蛇（だ）尾（び）もいいところだ」

「竜の頭になれるだけ立派だと思う。それにレウス父さんはそれでもいいって言っていたような」

「気が変わった。お前の才能は最強だ。だから最強の男になってほしい」

「最強になったらなにかいいことある？」

「あるさ。仲間を守れる。家族を守れる。厭なやつに頭を下げなくていい」

「最初のふたつは魅（み）力（りよく）的だ」

「仲間や家族を守れる強い男になりたいか？」

「うん、山の動物たちを守りたい。父さんや母さんたちを助けたい。……でも」

「でも？」

「父さんたちは守る必要がないかも。強すぎるもの」

「たしかに」

　かっかっか、と大（おお）仰（ぎよう）に笑うレウス。つられて僕の口角も緩む。

「ただ、お前にはより大きな視点を持ってほしいな」

「大きな視点？」

「ああ、家族や仲間を守るのも大切だ。それすら守り切れないものも多いからな。しかし、お前にはより多くのものを救える力があると思うんだ」

「より多くのもの？」

「そうだ。眼前に広がる光景を見てみろ」

「……眼前？」

　僕は見慣れた景色を見つめる。

　山々が広がっている。木々が目に飛び込む。その先にあるのは石で作られた人工物だった。

「あれは街だね？　人間が住んでいるんでしょう？」

「そうだ。あそこには人間が住んでいる。お前の仲間だな」

「でも、一度も会ったことがないよ？」

「そうだな。我々は山を下りるのを禁じていた」

「うん、危険が一（いつ）杯（ぱい）なんだよね」

「そうだ。子供であるお前には危険が一杯だ。誘（ゆう）惑（わく）も多い。敵もたくさんいる。だが、我はいつかお前にあそこに旅立ってほしいと思っている」

「あそこに？」

「そうだ。あそこにはたくさんの人間が住んでいる。お前にとって良い人間も悪い人間も。しかし、彼らと出会えばお前も成長するだろう。あらたな可能性を開いてくれるはずだ」

「新たな可能性……」

　僕は改めて街を見下ろす。たしかに一度あそこに行ってみたいとは思っていた。

「それにお前はいつか旅立つ。それは宿命なのだ」

「宿命──」

「定められた運命だな。我が赤子だったお前を拾ったとき、天（てん）啓（けい）が湧いたのだ」

「天啓？　神様なのに？」

　神様に似つかわしくない言葉に僕は苦笑してしまう。

「我は神と呼ばれているが絶対者ではない。この世界には神を作った圧（あつ）倒（とう）的な超（ちよう）越（えつ）者もいることだろう。いや、調整者かな」

　レウスは感（かん）慨（がい）深（ぶか）げに言うが、その話題を広げる気はないようだ。

「ともかく、お前を拾ったとき、内に声が湧いた。なにものかがささやいた。この子はやがて世界を救う子になる。我らが世界の救世主になると」

「救世主……」

　つぶやいてみるが、当然、実感が湧かない。

　しかし、レウスは「気にするな」と言う。今は実感がなくても定めのときは訪れると言う。

　レウスは預言者のように言う。

「やがてお前を大海に放つ使者がやってこよう。それは我々親子が、別れを告げる日でもある。しかし、それは悲しいことではない。旅立ちは新たな出（で）逢（あ）いの始まりでもあるのだ。それに我ら親子が培（つちか）った絆（きずな）は距（きよ）離（り）という暴（ぼう）虐（ぎやく）でも時間という悪（あく）魔（ま）でも引き裂（さ）けない。どのように離（はな）れようとも、どんなに時が経（た）っても、我らは最高の親子ぞ」