第32話 世にも困った共同戦線(四)
等々力は満腹で帰ってきて、昼寝をした。
(明日は旅行代理店に行かず、適当にJRに乗って、気儘な旅に出よう)
起きると、午後五時半を少し待ったところだった。少しの間ボーッとしていると、チャイムの音がした。
玄関の扉を開けると、左近が立っていた。
「等々力君、夕食まだでしょ。滅多に食べられない、高級フレンチをご馳走するわよ」
完全に針の付いた餌に思えた。等々力は露骨に嫌な顔をして断った。
「嫌です。昼に高級中華を食べたんです。夜はお茶漬けで充分です。それでは、また」
ドアを閉めようとすると、左近がすかさず足を挟んできた。
次の瞬間、黒尽くめの大男三人が突如、現れた。男たちは扉を無理矢理、押し開けて侵入してきた。
あっと言う間に、制圧された。口にはガムテープを巻かれ、体をバンドで拘束された。最後に手際よく袋に入れられた。袋詰めのまま運び出された。完全な拉致だった。
車が走り出す音がした。車に乗せられて運ばれている状況は理解したが、行き先は不明。
二十分ほど車は走ると停まった。袋ごと運び出される。
今度はヘリのローター音が聞こえたので、ヘリに詰め替えられるようだった。
袋の頭が開いて顔が外に出たときには、上空だった。
隣には左近が笑顔で座っていた。
左近が等々力の口に巻かれたガムテープを外しながら、平然と発言した。
「言い忘れたけど、夕食は空の遊覧飛行がセットだから」
もう、どうにでもなれだ。というより、空の上に運ばれては、どうにもならない。
等々力は不貞腐れた言い方をした。
「わかりました。夕食を食べに行きましょう。だから、拘束を解いてください。それで、行き先は、どこです」
左近が「少し遠いところよ」と遠回しに言った。
拘束は解かれたが、ヘリは猛スピードを夕焼けの空を飛んでゆく。九十分くらい経過しただろうか、目的の建物が見えてきた。
目的の建物は原野に建つ星型の堀を持つ建物。ウリエルの屋敷だ。
屋敷に到着すると、一度トイレによってから、車に乗って移動した。
十二、三分ほどで建物内に入った。車を降りて廊下を歩いて行き、扉を開けた。
中は三十畳ほどと、ウリエルの屋敷では比較的小さな部屋だった。
食事をする場所というより、秘密の商談をする部屋のように見えた。余計な調度品は一切なかった。
テーブルの上にはお茶漬けというより、海鮮丼に近いお茶漬けが用意されていた。
部屋の中には当然というように、アントニーと柴田が待っていた。
アントニーが憎らしいほどの笑顔で迎えてくれた。
「話は聞いたよ。フレンチより、お茶漬けが食べたいと聞いたから、急遽、シェフにお茶漬け用意させた」
これは、何を言ってもダメだと覚悟した。等々力はお茶漬けの前に座り、半ば自棄になり、お茶漬けと呼ぶには豪華な一品を食べ始めた。
お茶漬けを食べ始めると、アントニーが短く発言した。
「結論から言おう。怪盗グローリーの正体は、僕だ」
飯を噴き出しそうになった。左近が最悪の仕事を取ってきたと確信した。
左近を見ると恵比寿顔で微笑んでいる。もう、たっぷり、前金を貰っている顔だ。
アントニーの部屋には、美術品の数々があった。数多くの美術品は買ったものではなかった。
美術品は、怪盗グローリーのトロフィーだ。以前にアントニーの部屋に入った時、美術品が古今東西あり、調和が取れていなかったのを思い出した。調和が取れていなかった原因は、単に難しい標的に挑戦した結果、調和がとれなくなっていたのだと理解した。
等々力が何も言えないでいると、アントニーがなぜか満足気に話を続けた。
「僕が怪盗グローリーだと知っているのは、四人。僕と柴田、それに左近と君だけだ。もちろん、父親も知らなければ、リーも知らない」
等々力は箸を置いて「俺も知らない。では、そういうことで」と席を立とうすると、左近が肩に手を掛けた。
左近の力は強く、もう一度、座らせられた。
アントニーがなぜか、楽しそうに発言した。
「実は怪盗グローリーは、前回の仕事で廃業したんだ」
アントニーの言葉はおかしい。廃業したのなら、予告なんか出ない。予告が出なければ、ファルマは動かない。つまり、昼間の話は嘘になる。
アントニーがニヤリと笑い、恩着せがましく言葉を紡いだ。
「だけど、君を軍曹との決闘から助けるために、ファルマに予告状を送りつけて、両組織に和睦するように裏で動いて細工をしたんだ。つまり、僕が危機的状況に陥ったのは、君を助けたせいなんだ。つまり、君は僕に借りがある」
等々力は怒りを隠さず、心境を吐露した。
「何が、借りがある、だ。お前が何もしなければ、軍曹をリーに狙撃させて、軍曹が死んで、全てうまくいったんだ。お前のせいで、もっと危険な目に遭うなんて、御免だ」
アントニーはどこまでも楽しそうに言葉を続けた。
「それは、友人に対しては酷すぎる。君は屋内運動場で、助けて欲しいと、はっきり言った。だから、僕は動いたんだよ。君の勝利が目前だったのは、偶然の結果だよ」
嘘だ。アントニーは両方の組織が作戦中止を伝えるタイミングを、なんらかの手段で停めていた。そうしておいて、決闘の決着がつく時間を逆算する。等々力が勝利しても敗北寸前でも、結果はドローになるように計算していたに違いない。
普通ならできない芸当だが、アントニーが怪盗だとする。アントニーは現実不可能な盗みを実行してきた、恐ろしく完璧な犯罪計画を立てる頭脳の持ち主だ。アントニーなら、できる。
等々力はどうやら、アントニーに悪い意味で気に入られたと知った。冷静になる。こうなってくると、アントニーを完全に敵に回すのも、困りものだ。
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