第20話 誘拐事件決着(二)
ガニーは胡散臭い人間を見るかのような眼で尋ねてきた。
「お前が、依頼人のジョルジュだという証拠は?」
頭から、等々力がジョルジュではないと、否定はしなかった。等々力が纏った空気がジョルジュと同じ質であり、ガニーに等々力の力が及ぼし始めている状況を表していた。
(初手は成功したが、まだ効果は浅いな。徐々に詰めていくか)
等々力は馬鹿にするような口調で返した。
「私がジョルジュだと名乗っているのだから、ジョルジュ以外の何者でもない」
ガニーはすぐに口を挟んだ。
「お前はジョルジュだと? そうは見えないな。第一、若すぎる」
ガニーが「見えない」と口にしたが、理由が「若すぎる」なら問題ない。もう、少し纏った空気を年配の雰囲気にすればいいだけ。さっそく、纏った空気を熟成させた。
ガニーが徐々に術中に嵌ってきている手応えを感じていた。
等々力は頭に壮年の渋い武器商人のイメージを思い描きセリフを述べた。
「軍曹、君は私をして、若すぎると発言した。だが、仕事を依頼するときに履歴書を提出した覚えはないが」
一度、言葉を切って、少しもったい付けて言葉を続けた。
「まあ、私と会った人間からは、たいてい思ったより随分お若いですね、と言われるがね」
ガニーはすぐに懐疑的な態度で異を唱えた。
「組織で仕事を請けるとき、依頼人については調べる。顔も年齢もだ」
等々力は実に下らないといった態度を採った。その上で、年配者が若輩者をあしらうような口調で話した。
「じゃあ、君たちの組織のデータがおかしいのだろう。ビジネスにとって、情報は命だ。調査部門に、実物と違ったと抗議するといい」
等々力は左近に向かって手の平を上にして指を動かし「こっちに来い」の合図を送った。左近が来ると、携帯電話を渡した。
左近が優秀な秘書のように携帯電話を受け取った。左近が携帯電話をガニーに差し出し、冷静な口調で提案した。
「お疑いでしたら、貴方がクライアントだと思い込んでいる、私たちのエージェントに電話して御確認ください。貴方の目の前にいるのが本物のジョルジュ様だと、おわかりになります」
ガニーは左近が渡した携帯電話を受け取らなかった。ガニーはランスから携帯電話を借りると電話を掛けた。
「今、俺の前に三島・ジョルジュ・ウリエルだと名乗る人物が現れた。これは、どういうことだ。あんたがジョルジュじゃないのか」
電話の相手がなんと言ったかは、聞こえなかった。
確認するのは自信がない証。「どういうことだ」と聞くのは、等々力がジョルジュかもしれないと思い込んできた証拠。ここまで、来れば七割までは成功している。
ガニーが信じられないといった顔で電話をすぐに切った。
「目の前の人物が本物のジョルジュだ。後はジョルジュ本人から聞いてくれ」とでも言われたのだろう。
左近が事務的な口調でガニーに「おわかりいただけたようですね」と釘を刺した。
ガニーはすぐに厳しい口調で発言した。
「いや、まだだ。どういう事情になっているか、説明してもらおうか」
ついに、ガニーは術中に落ちた。
「事情を説明しろ」は裏返せば、論理的説明がつけば認めると宣言したようなものだ。
ただ、そんなセリフを言われても困る。何せ、真実は言えないのだから。
等々力は左近を見た。すると、左近は静かに口を開いた。
「仕事を依頼するに際して、貴方様の所属する組織の代理人に確認しました。依頼人が話したくない、もしくは、話さない事情については、話さなくて良い条件で契約を結びましたが」
ガニーが、すぐに険のある声で反論した。
「時と場合による。今回のケースは特殊だ。誘拐を引き受けたが、事前にターゲットとクライアントが同一だとは聞かされていない。もし、全てが嘘で、ここでターゲットを逃がせば俺は組織でいい笑い者だ」
等々力は気のない振りをして聞いていたが、少し困った。
(当然といえば当然の反応だな。さて、ここから、どう乗り切ろう)
等々力は左近の視線が一瞬、等々力に向いたので、何か策がある気がした。だが、左近の策に危険な空気を感じたので、もう少しだけ粘ってみようと思った。
等々力は顔の前で手の平同士を合わせると、少し困った表情を作り、少し思わせぶりな言い方をした。
「軍曹、いい加減にしてくれないか。もう、仕事は終ったのだよ。事情は話せない。これは、話さないではなく、話せないんだよ。それに、事情が話せなくなったのは、君たちにも責任の一端がある、違うかな」
等々力はガニーが苦い空気を出したのを感じた。やはり、誘拐した夜、翌日、翌々日と起きたトラブルは、ジョルジュだけのミスではない。ガニーたちの仲間も、ヘマをしたのだ。
等々力は駄目を押した。
神経質な人間が怒ったような口調で、強く言い放った。
「全てがうまくいっていれば、こんなややこしい事態にはならなかったのだよ、軍曹」
ガニーが怒った顔で等々力に近づこうとして、左近に体を掴まれ、止められた。
ガニーは左近に体を制止されたままの姿勢で怒声を上げた。
「人のせいにするな。元はといえば、あんたの部下のミスのせいで、全ておかしくなったんだろう」
ジョルジュとガニー、どっちが悪いのかわからない。だが、わからないからこそ、等々力は強気に出られた。
事情はわからないが、取り敢えず神経質な男がキレたように怒ってみせた。
「君たちはプロだろう。プロなら、不測の事態に対応できて当然だ。その分の高い金も払っている。それとも、なにか? 君たちは全て物事が机の上で決まった通りに動かなければ、動けない能無しだとでもいうのか」
ガニーが等々力の言葉に怒って、左近を押しのけようとした。すかさず左近が、とても自然に動いた。
左近が袖から二丁の拳銃を滑り出させた。
一つをガニーの頭につけ、もう一丁をランスに向けた。
左近の動作はまさに、映画に出てくるワン・シーンのように見事に決まった。
(読み違えた。左近さんの嵌っていた役は「有能な秘書」じゃなくて「武器商人の有能な秘書に見せかけた工作員だ」)
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