(9)寄り道
小熊は自分の牛丼弁当を片手に、半ば引っ張られるように礼子について行く。
今日の昼ご飯は友達と食べる。そう言ってクラスメイトからの昼食の誘いを断った礼子が、小熊と一緒にどこかに行こうとしている。
小熊は思った。もしかして礼子は私のことを友達として見ているのか? もしそうだとしたらそれは少々迷惑な話。そういう人間関係の負担を避けていたのに、礼子は人の都合も聞かず一方的に小熊の腕を引く。
小熊はこの手をふりほどいて教室に駆け戻ろうかと思ったが、もし今そうすればクラスの中に友達よりも面倒くさい敵を作ってしまうことになるかもしれない。
あれこれと迷っている間に、小熊は校舎の裏手にある駐輪場に連れていかれた。
小熊の腕を放した礼子は、教室の他のクラスメイトの前では見せないような笑顔で言う。
「じゃあお昼ご飯食べようか? 友達と一緒にね」
礼子は駐輪場に停めてある自分の郵政カブのシートを
横には小熊のスーパーカブ。友達の居ない小熊の、友達でも何でもない生活道具で、ただの移動手段。
バイクが友達だなんて高校生にもなって言うことなのかと小熊は思ったが、不思議と
礼子の子供のような屈託の無い顔に釣られたわけでも、その行動が
礼子はサイドスタンドで傾けて停めた赤いカブのシートに横座りで腰掛け、自分の弁当を広げる。
いただきます、の声と共に、一本丸ごとのバゲットにハムや野菜を詰めた昼食にかぶりついている礼子。小熊に座るよう勧めるでもなく、自分のバイクを見下ろしながらバゲットを
小熊はしょうがなく、センタースタンドで停めた自分のカブのシートに座った。礼子のようにカッコよくはない跨るような格好。正直、止まってる原付は不安定で、座って物を食べるには不向き。
小熊が自分の牛丼弁当を食べ始めると、もうバゲットを半分ほど食べた礼子が一方的に話しかけてくる。
「こうやってカブに乗っていると、たとえ止まってても自分がどこにでも、どこまででも行けるっていう気分を感じられるのよ」
弁当を食べていた小熊は礼子と目を合わさず、自分のカブを見下ろしながら答えた。
「まだ遠くに行ったこと、無いから」
遠くまで行けるバイクというのは、もっと大きなバイク。あるいは礼子が乗っている郵政カブみたいなものだと思った。
礼子の傷だらけの郵政カブには、後部に荷物がたくさん入れられそうなボックスが装着されていて、小熊のカブは大きな荷台がついている割に、ヘルメットを固定することにすら苦労する。
礼子は自分の郵政カブを見て、それから小熊のカブを見てから答えた。
「どこにでも行けるわよ。だってカブだもん」
小熊には、配達や出前、農家の人の足代わりに使われてるようなカブで遠出をすることなんて想像出来なかった。
結局、礼子に振り回された感じの昼食と、午後の授業が終わり放課後になった。
昼休みには小熊を強引に誘ってきた礼子はといえば、ホームルームが終わると小熊のほうを
小熊は少し遅れて下校し、駐輪場まで行ったが、礼子の赤いカブはもう見当たらない。
小熊は自分のカブのエンジンをかけ、学校を出た。ここから家までの道順は県道をただまっすぐ走るだけ。
途中、県道は交差点で甲州街道と交わっている。左に曲がれば
直進し家に帰る積もりで交差点にさしかかった小熊は、カブのウインカーを
礼子の言葉に影響を受けたわけではない。ただ、買い置きのレトルト食品が切れかかっているのを思い出し、スーパーまで買いに行かなくてはいけないと思ったから。
小熊の寄り道が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます