第233話 将太


俺は将太の左腕を見た。


「将太・・・・・それって」


将太は黙って頷き続けた。


「装甲車から落ちたとき飛びかかってきた犬のゾンビに・・・・・」


落ちたのではない。

小幡に突き落とされたのだ。


目の前が真っ暗になった。


いやいや、聖女様だから俺みたいにゾンビにならないはずだ!

そうだ!聖女様なら大丈夫なはずだ。

聖女の小水にゾンビは近づけないから大丈夫なはずだ。

そうそう、大丈夫。大丈夫。

俺は一生懸命、良い方へ良い方へ考えた。


「そち、その歯形は!」

ミリアが気がついた。


また将太は黙って頷く。


「みんなとはこれでお別れだね。

 もう、みんなとは一緒に行けないね。

 日本に帰りたかったけど・・・・・



 アオ君、今までありがとう」


と言って将太は涙を浮かべながら俺を見上げる。


ガシッ!


悪魔が俺の心臓を握ったのが分かった。

今までに経験したことが無い恐怖に襲われる。


あぁ! あの時に小幡を・・・・・・

情けなどかけるべきではなかった。

智弘の言うとおりにしておけば・・・・・

智弘の言うことはいつも正しい・・・・


「みんなの迷惑になるから、もう行くね」


と振り向きゾンビの群れの方へ将太は向かおうとした。


「行かせない!!」


将太の腕を掴み、振り向かせた。



「お前は兄弟だ!

 俺の弟だ。兄が弟を見捨てるわけ無いだろ!!

 行かせはしない!!」


「でも僕、ゾンビになっちゃうんだよ。

 みんなと一緒にいられないよ」


「俺は大丈夫だ! 将太を一人になんて出来るわけ無いだろ!

 幼稚園の頃から一緒にいるんだ!」


「でも、僕は行かなくちゃ。

 ここにいてはいけないんだよ。

 みんなに迷惑がかかるんだよ」


「駄目だ! 行かせはしない!!

 将太も一緒に日本に帰るんだ!」


「あぁーーあぁーー」


「無理だよ。

 ゾンビとは一緒にいられないでしょ。

 アオ君だけでも帰って。

 タナやロゼも待っているでしょ」


「・・・・将太。

 茜ちゃんはもういないんだよ。

 弟のように思っている将太まで失うわけにはいかないんだ。

 お前は、昔から俺の家族と同じなんだよ」


「あぁーーーーはーはー」


女の子座りをしながら悶絶する井原を無視しておこう。

頭の中を子供の頃からの記憶が巡る。

あんなこと、こんなこと、そんなこと。

楽しい思いでも悲しい思い出も、ほとんど将太と共有してきた。

常に俺の人生の中には将太がいた。



「龍の爪と涙!

 ロッシさんが言っていただろ。

 茜さまが『マルベラス死の大行進』からハルフェルナを救ったとき龍の爪や涙を使って救たって」


智弘が思い出したように言った。


「そうそう。ロッシさんが言ってたわね。

 龍の爪と涙を手に入れましょうよ。

 そうすれば緑山君を助けることができるでしょ」


そうだ!

ロッシさんが龍の話しをしたとき、そんなことを言っていた。


「その龍はどこにいるのでゴザルか!

 早速、行くでゴザルよ!!」


「そちら、簡単に言うが・・・・・」

ミリアが渋ったように声に出す。


「龍はクリムゾン魔国にしかおらんぞ!

 クリムゾンは遠いぞ。

 オリタリアを横断し、東西に長いワイハルトを越え、リピンという小国を越えた先じゃ。

 ここから飛んでいっても最短で5日は掛かるぞ! 

 ワイハルトとクリムゾンは戦争状態じゃろ。

 実際に時間はもっと掛かるはずじゃ。

 

 それまでに聖女が持つかどうか・・・・・」


「聖女さまだから1週間ぐらいは大丈夫、大丈夫! ハハハハハ」

渇いた笑いをしながらゾンビが近づいて来ないよう、さらに回りに聖水を振りまいた。

七海が気を利かせ装甲車の周りに5mを越えそうな土壁を巡らせた。


「お主、無理しすぎだぞ。

 言っておいて自分が一番信じていないじゃろ。痛々しいわ!

 それにじゃ、クリムゾンへ行っても龍がそんなに簡単に爪と涙を簡単にくれるとは限らんじゃろ」


確かにミリアの意見はもっともだ。

クリムゾンに膝を屈することにもなる。

そうすれば茜ちゃんの仇である紅姫に復讐などできないだろう・・・・・・

復讐できないのは悔しい。

が、将太を助けることができるのならやむを得ない。


「ネーナさんやロッシさんに頼むというのはどうかしら?」

七海が意見をする。


「そうだ! 

 ハルフェルナ一の大商会、アルファンブラ商会なら持っているかも知れない!

 一刻も早く、ナミラーへ戻ろう」


と俺が動き出そうとしたとき。


「無理じゃ!

 爪は何とかなっても涙は鮮度が重要なのじゃ!

 採集して時間が経ってしまえば意味が無い。

 じゃから、ゾンビに噛まれたものを救うのは難しいのじゃ。

 当然、ゾンビになってしまえば元に戻すのは不可能じゃ。

 じゃから、勇者・茜がゾンビになりかけた多くの者を救ったのは奇跡の一つと言われておるのじゃ!

 龍は好戦的ではなかったが、多種族と交わることもしなかった。

 人間に対しても協力的では無かったのをどうやって協力を得ることができたのかも謎じゃ?」


「茜さまのことだから殴ってでも言う事を聞かせたんじゃないか?」


「智弘! うちの茜ちゃんの悪口はそこまでだ!!

 優しい茜ちゃんが、そんな事するわけ無いだろ!!」


と言ってはみたが、内心、有り得る事だと思う俺がいた。


「え? 白田、どういうこと? 

 あなたの妹の茜さんと勇者・茜様と何か関係あるの?」

井原が尋ねてきた。


「お前、茜ちゃんのこと知っているの?」


「知っているわよ。

 白田がいつも試験終わるとおんぶしている子でしょ~

 他にも・・・・・超有名人よ」


「え?そうなの?」


と他の女子の顔を見回すと全員が黙って頷いた。

超有名人の前の『・・・・・・』が気にはなるがとりあえず置いておこう。



「あぁ~言ってなかったか。

 『勇者・茜様』って俺の妹らしい」


「「「「えーーーーーー!」」」」


合流した女子が一斉に声を上げて驚く。


「嘘だろ!」

「お前の妹が!」

「す、すごい」

「兄は使えないな!」


「うるせー! 篠原、茜ちゃんの事は後だ!

 今は将太のことだ!」


下を向いていたミリアが閃いたようにポンッと手を叩きながら顔を上げた。


「イズモニアを越え、なおも北上すると『霊峰』と呼ばれる頂がある。

 かつて龍はそこに住んでいたのじゃ。

 『マルベラスの死の大行進』以後、霊峰を捨てたと言われておる」


あぁ~~聖女さまがリッチになって巻き起こしたハルフェルナの歴史の中でも『魔神大戦』と並ぶ悲劇の象徴と言われているやつだ。


「なぜ、龍たちは霊峰を捨てたの? ミリアちゃん」


七海のほうを向きミリアが答える。


「それはじゃな、多くの龍もゾンビになり、多くの龍が死に霊峰自体が穢れてしまったと言われておる。

 妾たちバンパイア族も龍と付き合いがあるわけでは無いので聞いた話じゃがな」


「その霊峰がどうしたんだよ! 

 そこへ行っても一匹もいないんだろ!

 関係無いじゃないか!」


思わずミリアに冷たく言ってしまった。


「焦るでない。

 その霊峰に一人だけ龍が残っているという話しじゃ!

 何でも龍王の言いつけを守らなかったばかりか反逆したため霊峰に閉じ込められているという話しじゃ」


「おーーっし!! 霊峰へ行くぞ!!

 ミリア、飛んでいけば早いんだろ!

 どれくらいで霊峰へ行ける?」


「そうじゃの最短距離、最低限の休憩で2日ほどで行けると思うぞ」


「よっし! 決定だ!  今すぐ飛ぶぞ!」


「お主、待つのじゃ! 最短距離で行けば2日じゃが、途中、妾の国を縦断する事になるのじゃ。

 妾の国の上空を飛ぶのはマズイ。

 妾を捕まえようと多くのバンパイア追ってくるはずじゃ。

 バンパイアの多くは空を飛べる。必ず捕捉される。

 数が数なので妾は必ず捕まってしまう。

 そしたら、幼女、一人しか飛べる者はおらんぞ。大丈夫か?」


「フフフフフ、任せろ! 全員、返り討ちにしてやるよ!!

 対バンパイア対策なら考えてある。

 ミリアの未来の旦那さま対峙したときヒントは貰ったからな!」


「まさか! ニンニクか!」


ミリアの問いにニンマリと笑った。


「じゃ、ここでチームを二つに分けるぞ!

 俺と将太、智弘、ミリアは空を飛んで霊峰へ向かう。

 残りはナミラー経由でオリタリア首都リーパスへ。

 知っている限りの情報をナミラーのアイゼー将軍とリーパスの大統領に伝えておいてくれ。

 ネーナさんとジーコさんにも商売に役立てて貰いたいから知りうる情報のすべてを提供しておいてくれ!

 則之! 七海を頼む」


とテキパキと指示を出し転がっている装甲車をマジックランドセルに収納し、新しい装甲車を目の前に出した。


「おお! いきなり白田が仕切りだした!!」

「白田が本気を出した!」


俺はやるときはやる男だぜ!!


「碧くん、私も一緒に行きます」


「駄目だ。

 一緒に来て欲しいが空を飛べるのは智弘とミリアの二人しかいない。

 リーパスで待っていてくれ」


「でも・・・・・・・」


「分かってくれ。七海」


七海は悲しそうな目をしながら頷いた。

新しく出した装甲車の中に入り保存が利きそうな食材とポーション類の材料を置いた。


「芦沢、ポーション類の材料を中に置いておいた。

 時間のあるときにでも作ってくれ」


俺は装甲車のハッチから身を乗り出しながら言ったとき、将太は七海に近寄り手を握りながら何かを話していた。


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