第206話 プラスティックとナフサ


智弘は頭を摩りながら蒸留塔の頂上へ飛んでいった。

上部の構造を点検するように二度三度ぐるぐると回ったあと最上部の悪魔の顔の角の部分に止まった。

しばらくするとスルッと!! 智弘の姿が見えなくなった。


「おい、あいつ、中に落ちたんじゃないか?」


「ちょっと危ないんじゃない? 早く行った方がいいわ!!」

七海が言うと


「みなさん、中へ早く行きましょう!」

ジーコさんが慌てて中へ案内してくれた。


俺たちは塔の扉を開け飛び込むと内部は薄暗く所々魔石で光るライトが配置されていた。


「うえ~~ペッペッ!!」

とつばを吐きながら智弘が降りてくる。


「おい、智弘! 大丈夫か?」


「角のところに止まったつもりがオイルですべて中へ転がり落ちてしまった!」

と、そこには真っ黒になったすすだらけの幼女がいた。


「今、ざっとみたけど予想通り油を溜める場所が4段階くらいになっていたよ。

 上手く作られていて、悪魔の角の部分からガスを放出して内部にガス溜まりが出来ないようになっていたよ。

 しかも上部には燃えカスが沢山付着していたから爆発しないように余ったガスを燃やしていたのだと思う。

 多分、俺たちの世界と同じ構造だと思う」


「それはラーチが現代人と言うことか?」


「俺たちと同じ世界とは限らないだろうが、石油文明を持つ人間で間違いないな。

 が、俺は確実にラーチは俺たちと同じ地球の現代人だと思っているけどな」


「動かせるか?」


「動かせても原材料が・・・・龍のションベンだぞ!

 手に入らないだろ」


「いや、デカイ・・・」


「やめろ!碧!それ以上言うな!

 俺はその原材料で出来た残骸の中に落ちたんだぞ!」







「・・・・・・・・・くせーーーー!

 近寄るな!!

 糞便幼女!!」


「ひ、ひ、酷い! こんなに可愛い智子を苛めるなんて!

 碧お兄ちゃんのロクで無しーー!!

 七海お姉ちゃーーん 碧お兄ちゃんが苛めるよ~~」


「はい、智子チャン。大丈夫ですよ。

 七海お姉ちゃんが水魔法で綺麗にしてあげますからね」


と七海は智弘の手を引っ張りながら外へ出て行った。

俺たちもジーコさんの案内で塔の外へ出て施設内のガソリンを保管している倉庫へ向かうことにした。

外には素っ裸になった智弘が水を掛けられた後、風魔法で乾かしてもらっていた。


「碧お兄ちゃ~~~ん!!

 前から見たがっていた智子の裸体だよ!!

 服ちょうだ~~い!」


と言って素っ裸で走ってくる。

七海の冷たい視線が俺の心に突き刺さる!


「お、お、お前! 俺そんなこと一言も言ってねぇ~だろ!!

 俺はお前と違ってロリコンじゃねーーー!!」


幼女・智弘は俺の前で来ると背中を向け


「ほらほら~」


と言って小さいお尻を振った。


「いらね~よ!

 俺は七海みたいなバインバインがいいの!!」


「あと数年すれば智子もバインバインになるから」


「お前が成長したときには日本に帰っているよ!!

 ホラ、さっさと服着ろ!!

 ロッシさんたちが呆れた目で見ているだろ!!」


と幼女用の服をマジックランドセルから出し智弘に手渡した。


「う、う~~ん さぁ~ みなさん、ガスリンのあるところへ行きましょうか」

とジーコさんが咳払いをしながら案内してくれた。


倉庫は、敷地内の小高い丘になっているところに巨大な建物が建っていた。

巨大な倉庫の内部には木箱やダンボールらしき紙製の箱に詰められた商品が幾つもの壁を作っていた。


「ここの倉庫はイズモニアへ送るものが集まっている倉庫なんだよ。

 でもね~これからどうなるかな・・・・・・

 イズモニアの人たちの事を考えるとね~」


ジーコさんは悲しそうな目をしながら話してくれた。


「失礼ですが、こういう戦乱や動乱のときは稼ぎどきなのではないですか?」

と智弘が聞くと。


「確かにそうかもしれないけどね~

 でも僕は、商売と言うのは商品を売ってお金を稼ぐことではないと思っているんだよ。

 幸せを届け喜んでいただいた代価としてお金を貰っていると思うんだよ。

 お客さんの笑顔の無いところに商品を送っても・・・・・・

 僕は幸せになれないんだ」


とジーコさんは悲しそうな声で言った。


うわ~~このおっさん、いい人過ぎる!

あぁ、女神様、お許しください。

一時でも婿入りして楽をしようとした汚れた心の私をお許しください。


「まぁ~ ジーコは昔から欲が無かったからな~

 潰す気になったら他の商会や商人などとっくに潰せたからな」


「兄さん、止めてくださいよ!そんな物騒な!

 他のお店のみなさんのところにも家族がいるんですよ。

 私は恨まれてまで、お金を稼ぎたくは無いですよ!

 共存共栄がいいんですよ。

 うち一社じゃ色々と手が回らないことが沢山あるのですから、他の商会のみなさんと一緒に手を携えてオリタリア、ひいてはハルフェルナを支えていければ良いのですよ」


「ジーコさんは欲が無いのですね~

 だからネーナさんも俺たちのような訳の分からない人間にも気にかけてくれているのですね~」


「いやいや、碧くんたちは金のなる木だよ!ハハハハハ!

 昔から異世界から来た人間とは懇意になっておいて損は無いといわれているからね!

 私はトラックなんていう凄そうな物、頂けるし、兄さんは新しい研究論文を発表出来そうだし。

 異世界から来た人の知識はお金に換算できない価値があるからね。

 さぁ、みなさん、こっちが地下の保管庫ですよ」


地下へ降りると気温が明らかに低く、肌寒いくらいだ。

ガソリン、灯油の特有の臭いが鼻を刺激する。

壁には気化したガソリンを外へ換気するための扉がいくつも備えられていた。


床一面に3段積みドラム缶がブロックごとに区切られ並んでいる光景は迫力があった。

一体何本くらいあるのだろうか?

100、200?

いや、1000本単位だろう。


「凄い数ですね~ 何本くらいあるのですか?」


「千単位であるみたいだよ。

 君、目録を持ってきてくれないか?」


とジーコさんは近くにいた商会の人を手招きして伝えた。

しばらくすると商会の人が目録を持ってきてくれた。


「1山100本くらいあるみたいだね。

 え~~と、ガスリンが2000本、ライトが4000本、ミディアムが3000本、ヘビーが1000本だそうだ。

 隣の倉庫の地下にも同じくらいあるようだよ」


「「「エーーーー!」」」


そんなにあるとは予想していなかった。

おいおい、いったい龍は何頭いたんだよ!!

それとも大量に放出するのか?

昔はこの辺、龍の縄張りだったのか?

龍ってそんなに人間に協力的だったのか?


「ジーコさん、なぜこんなにも量があるのですか?

 500年くらい前は龍がそんなにたくさん居たのですか?」

将太も予想外の本数に驚いたみたいだった。


「僕には分からないな~

 兄さん、アレックス、何か知っていますか?」


「正確な数は分からないが、今よりは居たと言われているよ

 今では10頭もいないらしいからね」


とロッシさんがアレックスさんの方へ振り向くとアレックスさんも左右に首を振った。


「何に使うつもりだったんだ???

 ラーチってどこかの町を破壊したのですよね?」

俺はロッシさんに尋ねた。


「今で言うとイズモニアのサンジョウの町あたりだね。

 サンジョウはガルメニアと国境を接する町で銀色の巨人に襲われた町だよ」


『銀色の巨人』と聞いたとき俺たちの心は曇った。

クラスメイトの鈴木雄大がワレトラマンに変身してサンジョウの町を破壊したのだ。


「ひょっとするとラーチってハルフェルナを征服しようとしていたのじゃないか?

 で、なければこんなに大量の油、必要としないだろ!

 ドイツンダ人だろ!? アンドルフ・ヒスターの国だぜ!

 ちょび髭生やしていそうだし、考えそうな気がするんだけど」


と俺は幼女に相談した。


「ちょび髭はどうか分からないが・・・・

 これだけの量があったとは思っていなかったけどな・・・・

 現代の兵器を持ち込んでいたのかもしれないな」


と智弘は腕を組み考える仕草をした。

何か閃いたのかハッとした表情を見せると


「ジーコさん、ドラム缶、いえ鉄樽にナフサってありませんでしたか?」


「なんだい?ナフサって?」

ジーコさんが智弘に聞き返した。

うん、俺も分からない。ナフサって何?


「ナフサと言うのはプラスティックの原料といえば分かりやすいと思うけど」


「有るのはガスリン、ヘビー、ライト、ミディアムの4種類だけだね」


「おかしい。ナフサが無いのはおかしい。

 ガソリンが少ないのもおかしい。

 龍の排泄物は一切ナフサが出ないのかもしれないが現代日本では1割くらいはナフサが出来るはずだから・・・・・

 ここにないということはラーチがプラスティックを作るつもりで、この施設を作ったのかもしれない」


「プラスティックってなんだい? 智弘君」


ジーコさんが不思議そうに聞く。

あぁ、そういえば、この世界でプラスティックを見た記憶がない・・・・・

いや、有った!!

灯油ポンプだ!!


俺はマジックランドセルから灯油ポンプをジーコさんに見せた。

灯油ポンプがけっこう高い。

サイズがドラム缶で使うように長く大きいこともあるが日本では千円前後で買えるはずなのに1万円もした。

すべてリピン王国でしか生産されておらず、すべてが輸出された物だそうだ。


俺は灯油ポンプを見せるジーコさんに見せた。


「あぁ、これをプラスティックと言うんだね。

 実はここだけの話なんだけど、リピン王国からの次回出荷分ペカーラは軽くて透明な瓶に代わるんだよ

 仕入れの人間が言うには灯油ポンプと同じ原材料を使って作るといっていたからね」」


「えっ? ナフサはリピン王国が持っていると言うことですか?」

智弘がジーコさんに聞くと


「いや、クリムゾン魔国が製造していると言う話だよ」


「ちょっと待ってください。

 ということはナフサはクリムゾン魔国が持って行ったと言うことになるのですか?」


智弘がジーコさんに聞く。


「僕も何とも言えないけど、確実な事はここにはナフサが無いということは間違いないと思うよ」


「ちょっとまずいかもしれないな。

 もしクリムゾンにナフサが渡っていれば・・・・・

 プラスティックの製作が可能になる。

 と言う事は運搬物資を軽量化できると言うことだ。

 これはマズイかもしれないぞ!」


「智君、そんなにマズイことなの?」

将太が聞き返す。


「軍団単位で移動が楽になると言うことだぞ。

 遠征に一番大変なのは水の確保だ。

 瓶からペットボトルになるだけで一台の馬車で積載量は倍になるぞ」


「魔法使いがいれば関係ないんじゃない?

 僕たちだって智君や七海さんがいるから」


「俺たちは人数が少ないからな。

 魔法使い自体人数は多く無さそうだし、すべての魔法使いが水魔法を使えるわけでもないだろうから。

 万単位の人間の移動は必ず水の問題が出て来るんだよ」


「へーーそうなんだ」


将太は素直に感心していた。

その向かい側で幼女が腕組しながら思案している。


「・・・・ひょっとするとクリムゾン魔国は人間界に侵攻してくるのかもしれないな!

 ラーチは500年位前の人間なのですよね?」


智弘はロッシさんに尋ねると


「そうだよ500年くらい前だね」


「するとラーチはとっくに死んでいるよな・・・・

 ラーチの後をついでプラスティックの精製技術を確立したということか・・・・

 ナフサがあれば500年も掛からないような気がするんだけどな・・・・・

 リピンとクリムゾンが繋がっている事は間違いないな。

 いや、ワイハルトが攻め込んだらすぐに部隊を送った事を考えるとリピン王国は傀儡国家かもしれないな。

 これ幸いとワイハルトと直接戦争になるかもしれないな」


と智弘は腕組みをした。

 

「フェルナンドもクリムゾンは、やがて侵略してくるとか言っていたしな~

 俺としては直接、両者が争い合って疲弊してくれれば御の字だけどな」

 

疲れたところを美味しくかっさらう!

俺が紅姫とフェルナンドを撃つ事が出来るとすればこれしかない。

魔王となったフェルナンドを倒すのは難しいだろう。

魔王を何人も従える紅姫を倒すと言う事は、それ以上に難しい。


「地理的に難しいかもな。

 両者が争うと言う事はオリタリアとワイハルトが滅ぶと言うことだからな。

 ワイハルトがどうなろうと構わないがオリタリアが戦場になるのは避けたいからな」

智弘が腕組みをしながら言った。


俺たちでは戦いを止める事は出来ない。

どうすることも出来ない問題だった。




「碧君、ガスリンを好きなだけ持っていっていいよ」


え!? ジーコさん! そんなこと言って良いのですか?

ここにあるの全部、入りますよ!!


「どうする智弘?1000本くらい貰っておくか?」


「そうだな、それくらいあれば当分は大丈夫だろう。

 トラックも渡しておこうか」


「そうだね。ジーコさんのとこで役立ててもらおう」


俺はジーコさんのほうへ振り向いて


「ライトを1000本、ガスリンを500本ほど融通していただけますか?」


「え!!構わないけど、碧君のマジックバッグはそんなに入るの?」


「え! あぁ○×▼□・・・・

 トラックを出せば入ると思いますよ」


・・・ここは嘘をつくべきではなかったかもしれない。

余裕で入ると言うべきだったのだろうか?


「凄いね~ 碧君のマジックバッグ! 

 これはあまり人に言わない方がいいね~

 命を狙われるかもしれないよ。

 気をつけてくださいね」


・・・・・あぁ、しまった。嘘など言わずにジーコさんに正直に話すべきだった。

これほど気持ち良く俺たちに接してくれる人に隠し立てをしたことに俺は後悔した。。


「一度外へ行ってトラックを出しましょう」


「トラックも早く見て見たいね~」

ジーコさんの足取りは軽かった。



「では出しますね」


俺はマジックランドセルを逆さにしてトラックをイメージする。

ランドセルからスルスルと言う感じで1台、また1台、もう1台カーキー色のトラックが出てきた。


「大きいね~~」

ジーコさんとロッシさんはトラックの周りをグルグルと見る。


俺はトラックの後ろ側のホロを外し荷台に飛び乗りジーコさんを呼んで荷台に引っ張り上げた。


「こりゃ、沢山運べるね。

 高さもあるから上手く積めば馬車10台分ぐらいの量を乗せられるかもしれないね」


「トラックは燃料にライトを使います。

 多分。ミディアムが灯油になるから黒いガスが出ますけどミディアムを入れても動きますよ」

(良い子のみんなはディーゼル・エンジンに灯油を入れたらいけません!!

 不正軽油とみなされ地方税法違反になるのでやっちゃいけましぇ~~ン!!)


「そうなんだ。しばらくは燃料には困らないね!」


「多分燃料が無くなる頃にはトラックも寿命が来ると思いますよ。

 運転の仕方は智弘や則之に聞いてください。

 俺は鉄樽を頂いてきますね」


俺はドラム缶をマジックランドセルにしまうために一人倉庫の地下へ向かった。



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