第156話 マリーシャ


「茜さま、ありがとうございました。

 おかげで多くのものが助かりました」

マリーシャがお腹の大きな体で歩み寄り礼を述べた。


「ごめんなさい、マリーシャさん全員を助ける事は出来なかったわ・・・・・ごめんなさい」


辺りに倒れている獣人を見回しながら茜は言った。


「それでも茜さまがいなかったら多くの者は今ここにいなかったことでしょう。

 ありがとうございます」


マリーシャは改めて深々と頭を下げた。



「姫様ーーーーーーー!」

ブラドーがやってくると


「姫様、流石です。あのカミラーズ人を全て瞬殺ですか!」


「なんか、やっつけちゃった」

とにこりとブラドーに向けてゆっくり微笑む。

が、その微笑には喜びは無かった。

ほんの少し前に3人の命をこの手で葬ったのだ。



「女子よーー」

フェネクシーが遅れてやってくる。

身震いをしながら、半分腰が砕けたような歩き方でノソノソと歩いてきた


「女子の負の感情、凄まじいモノがあったな! 

 あまりの感情の高ぶりにワシは腰が抜けてしまったわい。

 やはり、女子が発する負の感情より味わい深いものはないな」

茜の発した負の感情の強烈さに当てられてしまったフェネクシーだった。


「フェネクシーよ! そんなことでは姫様の家来は務まらないぞ!」


「ワシは家来になんぞなった覚えは無いぞ!」


「大魔王さん、茜と一緒に居た方が美味しいご馳走を味わえるんじゃない?」

そう言いながら加奈がやって来た。


「ここは茜と一緒に行動した方が色々とお得じゃ無いかな?大魔王さん。

 茜の負の感情は格別なんでしょ~」


「まぁ~そうじゃな。女子と変に対立して『悪魔族は滅ぼす!!』といわれても困るからの~」


「フェネクシーよ、素直に家来になると言えば良い物を!」


「う、うるさいぞ!ブラドー! お前はいつからそんなにおしゃべりになったんだ!」


「加奈ちゃん、口が上手いわね~ マストンさんがファイレル国の次期宰相にっていうの、何か分かるわね」


「加奈はマネージメント能力、高いな~。流石、茜を上手く手の平で転がせるだけのことはあるな」


「千代も酷い言い草ね~ 茜をほっぽっておいたら、この世界が破滅しかねないわよ。

 そのために経験のある大魔王さんの知識は有用でしょ」


そばに茜とマリーシャも近寄ってきた。


「なんか魔神みたいな言われかたしているんですけど・・・・・」


笑いながら話していると


「う、ううう!」

近寄ってきたマリーシャがいきなりお腹を押さえうずくまった。


「マリーシャさん、どうしたのですか?」

茜が振り向きうずくまるマリーシャを見やった。


「お腹が、お腹が・・・・・」


「「「「エーーーーーー!」」」


茜、加奈、千代が声を上げて驚く。


「早くマリーシャさんの寝床を用意して、お湯を沢山沸かして! 布もありったけ用意した方がいいわね」

詩織がテキパキと指示を出す。

それは、いつものおっとりしている詩織からは想像がつかない姿であった。


茜は虚空庫から木製のベッドを取り出しマリーシャを寝かせた。

そして樽を取り出すと加奈が魔法で水を入れファイヤーボールでお湯を沸かす。

ありたっけのタオルを取り出す。

フェネクシーが土魔法を使いベッドの周りに10人くらいが入れるような即席の部屋を作る。

女の獣人が集まり慌てながらお産の用意をしていると



ドドドドドー


と、けたたましい音を轟かせながら地面を揺らす振動とともに


「お前たち、無事かー!! 敵はどうした!!」


ライキンは吠えるような大声を上げカミラーズ人にやられた獣人たちに声を掛けた。

その姿は先ほどよりもドロや砂埃が付着して一段と汚い姿だった。

生き残った何人かの獣人たちが座りながら頷くと


「ライキン、敵は姫様が片付けてくれたぞ、感謝しろ!」


ブラドーがライキンに声を掛けた。


「あの小娘がか!」


「小娘ではない!!姫様だ!  何度言ったら分かるのだ!」


「あぁ~!うるせーな! 吸血鬼風情が何を言ってやがる」


「お前たち、今はそれどころではないだろ! 

 ライキン、お前の奥方が産気づいているんじゃぞ!

 ケンカは後にせい!」


「何! それは本当か!フェネクシー!!早く言え!!

 マリーシャはどこだ!」


「そこじゃ」


と言って土魔法で作った家を指差す。



「マリーシャ!!」


というと土魔法で作った家に駆け寄り飛び込もうとした。

が、その瞬間!


家から詩織が出てきて両手を広げ通せん坊をしながら言った。


「みなさん! 五月蝿いです!! 静かにしてください!!

 ライキンさん! そんな汚い格好で中に入ろうとしているんですか!!」


「五月蝿いぞ、小娘!! 中に入れろ!


「ダメです! そんな不衛生な姿でマリーシャさんに会うなんて絶対、許しませんよ!!  茜ちゃん!」


と茜を呼びつけると


「ライキンさんを綺麗に水洗いしてあげてください。

 そして風魔法で乾かしてあげてくださいね」


「し、し、詩織、凄い!」

詩織よりも遥かに大きなライキンに一歩も引かない姿に驚く茜であった。

その姿は『聖女』というより後ろから後光が射す『聖母』のような神々しさが溢れ出ていた。

そのオーラに充てられライキンは


「お、おう」


と気圧されるのであった。


ライキンは茜に連れられ即席の部屋から離れた所で水浴びをさせられた。

強烈な水流がドロや砂埃を取り去り突風がライキンを襲う。


「小娘、マリーシャを初め女子供を助けくれた事を感謝する」


「何言ってるのよ~ライキンさん!


『困っている人がいたら助けるのが当たり前!!』


 私はお兄ちゃんの言われたとおりにしただけ」


「俺たちは人では無いのだが・・・・・・」


「獣人も人も同じ『人』よ。助け合って生きていくことが出来るのなら同じ『人』よ。変わらないわ」


「そうか・・・・・・・・」


ライキンは少し間をあけ


「ありがとう」


と感謝の言葉を口にし体が乾いた事を確認すると部屋の方へ歩いていった。


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