第18話 トンガリ帽子と陰キャになりたい美少女④


 それから一時間ほど闇の魔力を放出する練習をしていると、突然ルルのスマホがプルルルと鳴り響いた。



「ああもう! もうちょっとでいけそうでしたのに……! すみません師匠、ちょっと離れますね!」



 ルルはそう言うと、水晶を僕に渡して立ち上がって部屋の隅でひそひそと通話する。



「ええッ!? 本当に!? ……わ、分かったよぉ」



 突然大声を上げたルルは不満そうに口を尖らせながら通話を切った後、申し訳なさそうにペコペコと頭を下げながら僕に謝って来た。




「本ッ当にすみません! ちょっと私、急用が出来たので帰らせて頂きますね! 明日はお昼頃に自宅へ向かいますので師匠はここで待ってて下さい!」



「ちょっ! まっ……」




 僕の言葉を聞くこともなく、慌てて様子のルルはまるで嵐のように部屋から出て行った。水晶を持ったまま取り残された僕は、しばらくの間その場で硬直していた。慣れない事の連続で頭の整理がついてない。



 それにしても、不思議な子だった。



 最近町に来た人なのだろうか? 闇魔術を覚えたいなんて何らかの事情を抱えているのは間違い無い。ルルの資金力も謎でしかない。



 ……まぁ、だからと言って別に深くは詮索しないけど。人間一つや二つ聞かれたく無い事だってある。自宅で一緒に過ごして仲良くなった風であるが、所詮指導者と生徒の関係である。一線を越えないように注意しなければ。



 僕は立ち上がり水晶を元の飾ってあった位置へと戻す。大きく背伸びをして明日はルルが来るから軽く片付けなきゃなぁなんて思っていたらふと気づく。さり気なくルルに明日の予定を埋められている事に。……まじか。恐ろしい手際の良さ、少なくとも僕には真似ができない。




 先ほどのルルの練習風景を思い出す。結局今日は水晶がルルの魔力を込めた回数と同じだけ光輝くという悲しい結果になってしまった。この調子だとしばらくは放出の練習に手間取りそうであった。



 ……だけど、素質が無いかと問われるとそんな事は絶対にない。



 実はこの『放出』をマスターする前に断念してしまう闇魔術師見習いが一番多く、基本技術であると同時に闇魔術師最大の関門と呼ばれていた。コツを掴むまで平気で数か月を要する。



 それなのにルルは結果こそはアレであったが、最初っから魔力の放出自体は完璧に出来ていた。普段から魔力を放出する事に慣れている訳でないのであれば、紛れもなく数百年に一人の天才である。



 だからこそ、凄く勿体ない! 才能の努力のベクトルが完全に真逆。もしルルが光魔術師を目指していたらリリィにも迫る強さを得られる可能性があるのに。



「うーん。何とかあの才能を闇魔術に生かす方法はないだろうか……」



 僕は数か月ぶりに闇魔術に関する事をまとめたノートをズルズルと取り出して、明日の授業のためにうんうんと頭を悩ますのであった。







 * * * * *






「オイ、バカボケカス妹。恋する乙女かこの野郎。人は恋愛をすると頭がパーになるのかオイ。ワタクシ様があれほど注意してやったのにすっぽり忘れやがって」


「ご、ごめんってばお姉ちゃん~! 今日はご飯奢るから! 凄く美味しいお店教えて貰ったんだぁ!」




 私が借家に戻るや否や、お姉ちゃんの頭脳の割に幼稚な暴言が飛んで来た。お姉ちゃんは口が恐ろしく悪いけど本気で怒るのは滅多にない。貧乳を弄ると速攻で沸騰するけど。



 私は笑顔のゴリ押しでお姉ちゃんを宥めつつ、作業中の小さい背中に抱きついた。



「お姉ちゃんありがとう~~~! もう好き! 好き好き好き大好き!」


「あ~~~~うぜぇ!!! 仕事中じゃ近づくな触んな抱きつくなぁ!」






 お姉ちゃんは私の顔を手で押して強引に引き離すと、叩くと文字が入力できる良く分からない魔道具をパタンと本みたいに閉じた。頭をガシガシと掻きながらひび割れた眼鏡を取る。



 伸びきったボサボサの髪。栄養不足と運動不足が合わさったと思われる白くて細い手足。大きな頭……じゃなくて体が小さいからそう見えるんだった。



 視力が悪い癖に眼鏡を嫌う節があって、作業中以外はほとんど付けない。それは別にいいんだけど、裸眼のお姉ちゃんは旅人を襲って稼いでいる盗賊並みに目つきが悪い。目を凝らすために自然と眉間に皺が寄るらしく、常時喧嘩を売っている人みたいになっていた。



 ちなみにお姉ちゃんは周りに怖がられているのにこれっぽっちも興味ない上に、どう見られよう関係ないといったスタンスを貫いていた。



 陰キャ……というカテゴライズとも微妙に違うかなぁ。無理やり形容するとしたら『唯我独尊』じゃないかな?



 そんな天才を自負するお姉ちゃんが――私は大好きなのであった。ビックリするほど口が悪いけど、意外と面倒見が良くて優しいのを私は知っている。




「で? ワタクシ様が作った試作品魔道具の出来はどうだった?」


「もう完璧だったよお姉ちゃん! 少なくともエレノアくんは全然疑ってなかったよ!」





 私は満足げに親指を突き立てると、黒いローブについたブローチに優しく撫でる。すると――




 ブローチを中心に、ほんの一瞬黒い影のようなものが広がって私の全身を覆いつくす。



「……ふぅ。アレお姉ちゃん? 背縮んだ?」


「オメェがデカくなったんだろボケ」




 影が消ると私は机に置かれた手鏡を覗き込む。うん! いつもの私だ! 黒髪から金髪に戻った髪を撫でて整える。やっぱり慣れ親しんだ自分の顔が鏡に映ると安心する。



 お姉ちゃんの開発した外見を変える試作品魔道具――『全人類貧乳化計画(仮)』は私が予想した以上の出来だった。やはりお姉ちゃんは自他共に認める天才だね。



 私――リリィはこの魔道具を使用して、ロリッコ魔女コス弟子キャラになりきってエレノアくんと師弟関係になった。騙していることにやや胸が痛むけど、今はいっぱいエレノアくんと喋れたことの高揚感の方が遥かに勝っている。



 闇魔術を学びたいとお願いしたのは、そうでも言わないとエレノアくんは他人と関わってくれないと思ったから。いきなりグイグイと話しかけても距離を取られてしまうのは確実なので、何らかの一緒にいるための動機が欲しかった。不純な理由でごめんねエレノアくん。



「ねぇお姉ちゃん。この魔道具の服装が魔女みたいな恰好なのは何でなの? エレノアくんもすっごくビックリしていたよ?」


「そりゃオメェ、ワザと目立つ格好をチョイスしてんだよ。姿を変えられるなんて魔道具、誰かがゼッテー悪用するからなぁ。市販化した際も、服装は固定する予定」


「そーなんだー。せっかく姿変えられるだから、いっぱいオシャレしたかったのに」


「クククク。認知されてきたら少しずつ規制を緩めたバージョン2を販売して馬鹿儲けって狙いよ」





 お姉ちゃん邪悪に口角を釣り上げてニタニタと不気味に笑う。……ほんっと悪い顔が似合うなぁ。




「じゃあ新たに巨乳バージョンを作ればさらに儲けられる――」


「それは無い。ゼッテーねぇ!」


「でも」



「なんでワタクシ様が自分より胸をデカい人間を作んなきゃなんねーんだよボケがぁ! 巨乳じゃ意味ねーんだよ! 世界から巨乳を消す壮大な計画の第一歩なんだよこのクソ巨乳が! まずはオメェから二度と谷間を拝めねぇ体にしてやろうかアアン?」



「………………」



 まぁ、魔道具の名前から大体察しがついていたけどね? お姉ちゃんの開発意欲のおよそ九割は、自分の小さな胸の改善を目的としているのを私は知っている。



 ……お姉ちゃん、ついにどんな手段を使っても胸が大きくならないと悟って、周りを貧乳に変えようとしているのかぁ……。悲しすぎる!



「つーかオメェ、もう二度と魔道具の効果時間忘れんなよ。ワタクシ様が通話してやらなかったら今頃、恥ずかしい思いをしていたのはテメェだろーが」


「それは本当にありがとう! 助かりました!」



 一度使用すると、元の外見から姿形声までも変える事が出来るハイテクノロジー魔道具には、一つだけ欠点を抱えていた。



 ――使用時間限界があって、一日三時間ほどしか使えないのである。それでも十分凄いんだけどね。



 お姉ちゃん曰く魔道具に蓄えられた闇の魔力が三時間分で限界らしく、空になった魔道具は再び補充する必要があるらしい。そのへんはまだ改善段階にあるらしく、ゆくゆくは魔力が無い人でも永続的に使えるようにするとお姉ちゃんは語っていた。



 とにかく一日三時間。明日もエレノアくんと会う予定だから、そこだけは注意しないといけない!



「さてと。じゃあ早速、使用してみた使用感を教えろ」


「ほんと良かった。凄く良かったよ! 何が良かったって、エレノアくん私と喋る時凄く遠慮していると言うか、ちょっと避けてる感じだったんだけど、外見が幼くなって接しやすかったのかな? それとも師匠って呼んだのが良かったのかな? とにかくエレノアくんがあんまり遠慮しないで接してくれたのが本当に胸がキュンキュンしてッ!! からかった時の困った表情が凄く可愛くて! でも真面目に闇魔術を教える姿はとてもカッコよくて大変ご馳走様でした! 水晶を使っての練習の時にエレノアくんの手が当たったんだけど――」



「……使用感じゃねーじゃねぇかボケ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る