第15話 トンガリ帽子と陰キャになりたい美少女①




 リリィと数年ぶり再会してから、数日が経過した。



 ギルドで宴会したあの日から僕は彼女の姿を見ていない。僕はスマホを所持していないため、彼女と連絡を取る方法は無い。



 まぁ、だとしてもこの町に彼女が居続けるというのならば、そう遠くない内に再会を果たすだろう。この付近では一番大きな町であるが、都会人から見れば鼻で笑うレベルの小さな街だ。ギルドで一日居座ったら彼女に会えるだろう。



 街の周囲を覆う城塞のおかげで魔獣に襲われる恐怖こそないが、安全を求めて転がり込んで来た移民のおかげで人口は常に飽和状態であった。



 そのため治安はそれほど良くはないが、自衛する事を前提としているこの町は、魔王と同じ魔術を使うという事で疎まれる傾向にある闇魔術師にとっては住みやすい場所だった。



「…………今日は第三階級相当魔獣の討伐の依頼は無いか」



 今日も僕はギルドの掲示板に張られた依頼の数々を見て、人には聞こえない声で小さく呟く。



 魔王が討伐された今、当たり前であるが魔獣は減少傾向にあった。もちろんそれは世界の人々にとって喜ばしい事実なのだけど、同時に冒険者の不況を意味していた。



 残ってるのは第二階級相当の依頼のみ。僕の力でも倒せないレベルでは無いのだが、ノーマンの時にように融合して第一階級相当の魔獣になってしまっていたら死は避けられない。ソロは己の実力を見極めなければならない。



 ……大丈夫。僕には必要最低限な質素な生活で得た貯金があるのではないか。今日の所は部屋で引きこもる事にしよう。



「副業も考えないとなぁ」



 闇魔術が役に立つ仕事って何かあるだろうか? なんて考えながらギルドを出ようとした瞬間、



 艶やかな金髪が視界の端で捉えた。



「----ッ!!??」



 ドクンッ! 心臓が大きく跳ねる。僅かな眩暈を感じつつも急いで金髪の人物に視線を向ける。



 金髪の女性が僕の視線に気づき振り向いた――がしかし、彼女は僕の知っていている女性では無かった。金髪の女性は怪訝そうな目を僕に向けて逃げるようにその場を去っていった。



 ……驚いた。



 金髪の女性が余りにもリリィに似ていたという訳ではなく、彼女に似ている女性が現れただけで僕の心は冗談みたいに乱されているという事実に。



 この数日はなるべくリリィについて考えないように過ごして来た。そうしないと悲しみの海に沈み、身動きが取れなくなってしまいそうであったから。



 そもそも宴会での件は彼女が告白して僕が振った、それで完結した話なのだ。今更どうという事ではないけど、なんとなく不完全燃焼感が拭えない。変に数日会わなかったから余計にそう思う。



 いっそリリィが酔ってて何も覚えていない方が有難いとすら思う。それほどまでに現在の僕は彼女に対してどう接していいか分からずにいた。



 会いたいのか、会いたくないのか。それすら分からない。



「………………」



 僕はフードを深くかぶり正面を向くと――僕に立ちふさがるように一人の少女が立っていた。



 光すら拒絶するほどの漆黒色の髪。まるでサファイヤのような綺麗で大きな瞳。身長は僕より二周りほど小さく、女性の中でも小柄な体系であった。



 十代前半ぐらいだろうか? 童顔の少女は僕に何か言いたげな表情でじっと僕を見上げている。



 驚くのは少女の恰好である。黒色のとんがり帽子。黒いローブ。黒いブーツ。極めつけは黒猫の形をしたアクセサリーをぶら下がった分厚い本を携帯していた。



 黒で統一された少女の姿は、まさに絵本で出てくるようなベタベタ過ぎる『魔女』そのものであった。



 過去には闇魔術師も似たような服を身に纏って魔術の修行に励む文化があったらしいが、魔王が誕生して闇魔術=悪い魔術という風習になってからはその文化も廃れていった。



 だからこそ、少女の恰好はこの町では異端すぎた。

 これでは「私は闇魔術師です」と言ってるようなものである。




「…………あのっ!! 少しお願いがあるのですが……よろしいでしょうかッ!?」



 緊張した様子で、少女は少し言葉に詰まりつつも僕に目を合わせて話しかける。確認の為に辺りを見渡すが近くには誰もいない。




 ……え? 僕に言ってる?



 当然ながら、面識はない。人の交流が極端に少ない僕はこれほどインパクトのある少女を覚えていないなんてあり得ない。



 …………んんんん?



 首を傾げそうになるのをぐっと堪えて「な、なにかな?」と少女の発言を促す。

 次の瞬間、少女は勢いよく僕に頭を下げた。オバケのような絵が描かれたトンガリ帽子が地面に落ちる。



「わ、私に闇魔術を教えて下さいッ!!」



 聞いてはみたけど、謎が増えちゃった。




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