6.ある意味被害者!

「なんてことをしてくれたんだ! 侯爵家や伯爵家に公の場でけんかを売ったのみならず、陛下に無礼者とまで言われて、おまえはこの家をつぶす気か!」


 ビッチとその恋人である侯爵令息のサバスがやらかした後、その家の者達は王宮にある部屋の一つに押し込められた。

 ようやく帰って良いと許可が下りて、王都にある屋敷に戻ったスタイン男爵は、娘のビッチを叱りつけた。


「だって、わたしを差し置いてひいきするんだもの。それに文句言ったって、かまわないでしょ?」

「ひいきもなにも、王家が有力貴族を優先するのは当然だ。それに侮辱したご令嬢達を友人などとまる分かりのうそをつくなど、厚かましいにもほどがある! それを王太子殿下に指摘された上、陛下や殿下にあのような無礼を働くなど許されないことなのだぞ!」

「……うっるさいなあ。王妃様の実家のディアナはともかく、マグノリアの悪口なんか言ったって別に大丈夫でしょ? こっちにはサバス様がついてるし、そのうち王太子様もわたしへの態度を反省して謝ってくるわよ」

「──この馬鹿者が!!」


 わなわなと身を震わせて、男爵が雷を落とした。

 過去の経験から、この娘にいくら苦言しても無駄だとは分かっていたが、今度ばかりは男爵も言わずにはいられなかった。


「マグノリア様の伯爵家は、国一番の財力を持つと陛下もおっしゃっていただろう! それにホルスト家は王家の信も厚い。そんな家を敵に回したら、うちのような弱小貴族はひとたまりもない。第一、おまえが当てにしているパーカー侯爵家でさえ、マグノリア様の家に借金をしているではないか!」

「そんなの慰謝料でちゃらになるんだから、全然大丈夫よ! それにもっとふんだくってやれるし、マグノリアの家、没落しちゃうかもねえ~」


 にやにやしながらそう言ったビッチが自分とは違う生き物にしか思えず、男爵は絶句した。

 第一、どう考えても慰謝料を払うのは、マグノリアを侮辱したスタイン男爵家とパーカー侯爵家である。それは国王の言葉からもどちらに非があると取られているかは明らかで、実際にマグノリアの婚約の件で不正を行ったパーカー侯爵が大審議で裁かれるのは、まず間違いないだろう。

 それを愚かな娘に男爵が告げようとした時、居室の扉が勢いを伴って開かれた。

 男爵がそれに目をやると、そこにいたのは真っ青な顔をした彼の奥方と家の執事であった。おそらく男爵の妻は執事に事情を聞いたのであろう。


「ビッチ、あなたなんてことしてくれたの!」


 先程の男爵と同じように身を震わせて夫人は叫んだ。


「え? 悪役令嬢のマグノリアを断罪しただけじゃない。それにこれで慰謝料ががっぽり入ってくるんだし、わたしに感謝してよね!」


 脳天気にもそう言ったビッチに、男爵夫妻と執事は呆気に取られる。ややして衝撃から立ち直った男爵が、どこまでも愚かな娘に噛んで含めるように話し始めた。


「まず間違いなく慰謝料を取られるのはこちらだ。なぜおまえがそのように思えるのか、不思議でならない」

「そんなわけないでしょ!? マグノリアはわたしをいじめたんだから、あっちが慰謝料を払うのは当然よ」

「そのマグノリア様の家からおまえに侮辱されたと抗議書が来ていたのに、そんな言い訳が通るはずもない。それにハウアー侯爵家や上位貴族、下位貴族からもおまえに対する抗議書が届いている。これで、どうやっておまえがいじめられたと証明するのだ」

「うるさいわね! そんなの、サバス様の力でどうにでもなるわよ! なんでわたしが責められなきゃなんないのよ!」


 侯爵令息のサバスを射止めたことで褒められると思っていたビッチは、逆に親の叱責を受けて癇癪かんしゃくを起こした。

 しかし、男爵夫妻は追及を緩めない。……まあそれは当然である。この愚かな娘のために、スタイン男爵家は今や風前の灯火なのだから。


「筆頭侯爵家を侮辱したのに、どうできると言うの。そのサバス様は、国王陛下に国の恥とまで言われたそうじゃないの」

「それはマグノリアでしょ!」

「いや違う。陛下はマグノリア様には責任はないとおっしゃっておられた。それに、侯爵家とはいえ、王家主催のパーティで臣下が騒ぎを起こしてただで済むはずがない。いったいこの不始末どうするつもりだ」

「うるさい、うるさい! えっらそうに説教なんかしてるんじゃないわよ、この貧乏男爵が!」


 親を親とも思わないビッチの言葉に、男爵夫妻は目をみはる。

 それをなんと取ったのか、ビッチは勝ち誇ったように口角を上げた。


「せっかくわたしが、貧乏くさいあんた達にいい目を見せてあげようと思ってたのに、恩をあだで返されてほんとがっかりだわ~。まあ、サバス様と一緒になったら、こんな家どうなろうと知ったことじゃないし、その時になって吠え面かかないでよね」

「ビッチあなた、誰のせいでこの家が貧しくなったと……!」


 まさに恩をあだで返している者に言われたくないと男爵夫人が抗議したが、それを男爵が手で制した。


「……そうか。それでは、大審議が済んだらおまえの好きにするがいい。後はわたし達は一切おまえに関わらない」

「そう、ならいいのよ! わたしもあんたらにたかられても困るしね!」


 高慢そのもののビッチは、勝ったとばかりに意気揚々と居室を出ていった。

 それを見送った男爵は深々とため息をつく。


「あなた……」

「もっと早くあの愚にもつかぬ娘を修道院に入れておくのだった。……今となっては詮無いことだが。もうわたし達は大審議での決定に従うしかないだろう」

「そう……、ですわね……」


 ──上位貴族どころか、国王の怒りを買った男爵家は、おそらく無事では済まないだろう。

 それを夫の言葉から感じ取った男爵夫人は、諦念ていねんを表した顔でうなずいた。

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