4.必殺! 死んだふり!

「へ、陛下……!」


 パーカー侯爵は国王陛下が登場された途端、突然キョドりだした。

 王太子様が注意した時点で引いてれば、たぶん陛下は出てこられなかったと思うけど、まあ、自業自得だよね。


「なぜ、婚姻もしておらぬのに、ホルスト伯爵家から持参金をもらっているのだ。答えよ」

「い、いや、じ、実は、ホルスト伯爵からどうしても渡しておきたいと言われまして、それをむげにするわけにもいかず、しかたなく分割で受け取って……」

「……そうなのか? ホルスト伯」


 陛下が近くにいたお父様を振り返るとそう尋ねられる。それに対して、お父様は首を横に振った。


「いえ、まさか。そんなことを申し出るわけもありません。なぜか、パーカー侯爵に持参金をよこせと何度も要求されましたが、そんなものを払う意味もないですし、侯爵に渡したのは貸付金ですよ」


 ……ですよねー。

 実情をばらされて赤っ恥をかいたパーカー侯爵が黙りこんだかと思ったら、今度はその馬鹿息子ががなりたててきた。


「娘も娘なら、その親も親だ! 僕が我慢してこの女狐と婚約してやったものをその恩を仇にして虚言を吐き、わが侯爵家を侮辱するとは!!」


 ……この馬鹿、陛下の御前だってこと忘れてない?

 王家主催のパーティで、こんな騒ぎを起こしただけでは飽きたらず、王太子様に黙ってろとまで言われたのにアホなの?


「娘があなたと婚約? それはありえないですな。第一、パーカー侯爵家からの婚約の申し出は顔合わせの後にお断りしたはずですが」

「なっ、そんなわけがあるか! 貴様の娘は僕の美貌に惚れて、僕との婚約をねだったんだろうが!」

「……はあ? 美貌? 普通ですよね?」


 確かにそこそこ整ってはいるけれど、りすぐられた血を持つ貴族の中では、はっきり言って並でしかない。

 まさかここまでこの馬鹿がナルシストだったとは思ってなかったわたしは、つい内心を声に出してしまった。

 それに対して、会場中からどっと笑いが上がる。あ……、実家をけなされて、今まで怒りの表情だった王妃様まで身を震わせて扇子でお顔を隠されてるよ。

 やっちゃったかなー。でもまあいいか、この際はっきり言っちゃおう。


「それにあなたのお顔は、性格がよく現れていて好みではありません。それから、伯爵家ごときが侯爵家と縁を結ぼうとするなど浅ましいなどと侮辱されましたし、これで婚約したいと思うほうがおかしいですよね?」


 わたしのその言葉に、今度は会場からざわめきが起こった。……うん、まあそうだよね。侯爵家と伯爵家の婚姻なんて珍しくもないし、サバス様がわたしにした侮辱は、そうした貴族に対する侮辱でもあるのだから。


「なっ、なんだと生意気な! ではなぜ、貴様が僕と婚約していたのだ!」

「そうだ! でたらめを言うな! 婚約誓約書はきちんと王宮に提出したはずだ!」


 山より高いプライドを傷つけられて顔を真っ赤にして怒鳴るサバス様に、パーカー侯爵が追随する。

 すると、陛下が首をかしげられた。


「はて、それは確か書類に不備があって無効だったはずだが? なぜ、マグノリア嬢が婚約していることになっておるのだ?」

「そっ、そんな、まさか……っ! 確かに伯爵のサインを偽造……っ、あ! いや、これは……っ」


 うっかり自分の不正をばらしてしまったパーカー侯爵は、太ましい体から脂汗を流しながら身悶みもだえる。……ちょっとキモい。


「偽造? 伯爵のサインを偽造と申したか? それでは、パーカー侯爵家が勝手にマグノリア嬢と婚約をしようとしたのだな?」

「えっえっ、いやっ、これはあれですよ、あれ! ぎぞ、ぎぞぎぞ、ぎっ、ぎ、ぎぃっ、ぎゃぁ、……ぎゃああああっ!!」


 国王陛下に追及されて、しどろもどろなパーカー侯爵が突然叫んだと思ったらひっくり返ったので、わたしはびっくりした。

 え……、もしかして死んだふり? 陛下は熊かなにかなの? 実際には熊に死んだふりって無効らしいけど。

 これには、さすがのサバス様もぽかーんとしているし、あちこちから失笑を買っている。


「……それで逃げおおせたつもりか。──この場を騒がせたパーカー侯爵家とスタイン男爵家は速やかに退場せよ」


 陛下はあきれたようにため息をこぼされた後、そう命じられた。

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