第28話 侵入
ガキン、キン、ダンっ、ざざっ……っ
陽動で大立ち回りをしている間に目立たぬよう、クエリーシェルと共にこっそりと城壁をぐるっと回り込む。
シオンはさすがというべきか、派手に動き回って矢を避けるだけでなく、自らも矢を放ち、相手に攻撃を与えて煽っていく。それを見て、さすが戦慣れしていると私は感心した。
(陽動の立ち回りも上手いし、全体と連携が取れてる)
この強さもさることながら、きちんとそれぞれが周りの状況を把握し、すぐさま立ち回れている。シグバール国王の統制力や手腕はさすがだと、感心しきりだった。
(っていつまでも見て感心してる場合じゃない)
私達は先日抜けた壁のほうまで行くと、馬から降りる。周りを見回してもそれぞれ目の前の敵に必死なようで、こちらには全然注意が向いていないようだった。
「気づかれていないようだな」
「そうですね。この辺りは元々手薄のようですし。罠でないといいですけど」
「そうだな。例え罠だとしてもいかねばならぬなら、気を引き締めていくしかない」
高い壁を見上げる。そして、用意していた鉤縄を用意するとぶんぶんと振り回してから壁のてっぺんに向かって放り投げた。
「かかったか?」
「えぇ。先に行きます?」
「あぁ、私が先に上がる。何かあれば言うから、私が合図をするまで登ってくるんじゃないぞ?」
「はーい」
私が先に登ることで何かをやらかさないかと牽制しているらしいことはよくわかる。クエリーシェルは意外に顔に出やすいから、彼の考えていることなどお見通しであった。
実際私が先に登っていたら、確かに余計なことをしかねないという懸念もあるので大人しくクエリーシェルに従うことにする。
クエリーシェルはググッと鉤縄を引っ張ると、勢いよく足を壁にかけて登っていく。以前ブライエ国に来るときも使用したからか、その身のこなしは慣れているようだった。
そして登りきると壁の上でキョロキョロと周りを見回すクエリーシェル。こちらから中の様子はわからないが、一体どうなっているのだろうか。
モヤモヤしながら待っていると、くいくいっと縄を引っ張られる。見上げてクエリーシェルの顔を見れば、来いと手招くように手で合図された。
「じゃあ、いきますか」
キョロキョロと見回して、まだこちらに誰も気づいていないことを確認しながら登っていく。鉤縄で登るのは初めてだが、こうして壁を登るというのは初体験ながらも楽しかった。
「ふぅ、着きました」
「今のところ敵らしき人物はいないが、先日と比べて何か変化はあるか?」
「んー、そうですねぇ……」
中をぐるりと見回す。建物の配置は多少変わっている気もするが、そこまで変化はなさそうだった。
遠目で見ると、帝国兵とモットー国兵が中で待機しているのが見えて、すぐにしゃがんで見つからないようにする。
「とりあえずそこまで変化はないから、大丈夫です」
「そうか、では案内を頼むぞ」
そう言うと、それぞれ壁から降りる。先にクエリーシェルが降り、私が降りると下で受け止めてくれる。
「自分でちゃんと降りられますよ」
「万が一怪我したら大変だろう?」
「そうですけど……」
ちょっと恥ずかしくなりながら、周りの様子を見ようとしたときだった。
「〈待ちくたびれましたよ、ステラ姫。やはり貴女がこちらに来ると思っておりました〉」
「〈ギルデル!〉」
物陰から現れたギルデルに、思わず身構える。それに合わせるように、クエリーシェルが私の前に出た。
「こいつがギルデルか」
「はい。そうです」
「〈おや、おや、おや、おや。なるほど、そういうご関係ですか〉」
「〈何が言いたいんです?〉」
「私とキスまでしたというのに、他の男と来るだなんて、ちょっと失望しました」
「キス、だと?」
「はぁ!?キスって、あれは、そう言うんじゃ!てか、言葉、何で!?」
「ボクはこれでも帝国の執政官だった男ですよ?これくらい造作もないことです」
まさかコルジール語まで話せるとは思わなかったのと、キスのことを言われて必要以上にドギマギと焦ってしまった。
案の定隣にいるクエリーシェルの眉間には皺が寄り、明らかに気分を害しているようだった。
「で、貴様はなぜここにいる?」
「おや、随分と失礼な物言いですね。ボクはステラ姫……いや、リーシェさんのお手伝いをしようと思っただけですよ」
「お手伝い?」
「えぇ。わざとここへは人避けをして、手薄にさせておきました。それにここの内部までは詳しくないでしょう?だから案内役としてここでリーシェさんが来るのをずっと待っていたのです」
「でも何で……?」
「それはご想像にお任せします。ここで悠長に話しててもしょうがありませんし、狙いはここの陥落と情報でしょう?軍隊長はこちらです。では参りましょうか」
相変わらず飄々としていて掴めない男だ。クエリーシェルも同様のことを思っているのか複雑な顔をしていた。
「とにかくついていきましょう」
「罠ではないといいがな」
「そのときはそのときです。一緒に戦えば乗り越えられます」
「随分とポジティブだな。まぁ、確かにそうだな。行くぞ」
そして私達はギルデルのあとをついていくのだった。
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