第92話 ゴードジューズ帝国

「まずは帝国に関してだが、先日ちらっと話した通り、バレス皇帝が倒れたことで内政が悪化している。元々軍人と執政官の仲が悪くてな。軍部はほぼ国内出身者に対して、執政官は我が国の出身者や異国の者が多いからだという理由なのだけど」


ゴードジューズ帝国は植民地を広げたことで国力はとても高い。何よりも武力に優れ、統制がとれているかはいささか疑問ではあるが、強者である帝国が各国を力で捻じ伏せ、蹂躙じゅうりんしてきた。


そして、国を広げたぶん様々な人種の人々を獲得することで、帝国の弱い部分である統率力や頭脳などを各国の能力特化した人物を徴用することで役割分担をしていたのだが、ここに来てそれが裏目に出たのだろう。


他国からの採用のため、いつクーデターでも起こされたらと思うと皆、心中穏やかではないのだろう。


信頼関係ではなく、ビジネスライクの関係だったからこそ、このような弊害が生まれているのだろうが、こればかりは自業自得としか言いようがない。


「表向きはだいぶ揉み消してはいるようだが、現在皇帝派、軍部派、執政官派の3派に分かれているそうだよ」

「なるほど。で、現地にいる者の見立てはどういった感じ?」

「遅かれ早かれ内乱が起きるのでは?という可能性が高いらしい。まぁ、バレス皇帝がまた次倒れたら、の話みたいだが」


私としては次が早ければ早いことに越したことはないが、それはそれで問題である。下手に内政が悪化するとどの向きで火種が起こるかわからない。


元々、血気盛んな人種の寄せ集めでできた国からの派生国家である。この混乱に乗じて他国侵略を目論むことも想定される。


「ちなみに、今回もバレス皇帝の一件によって最重要案件がキミの確保になっている」

「えぇ、知ってる」

「莫大な金額が積まれていることも?」

「えぇ、わかってる」

「それなのに、行くのかい?」


それは、サハリ国王としてではなく、ブランシェ自身の問いだろう。聞きたくなる気持ちもわからなくはない。実際、そんな無茶をまだ17しか生きていない小娘がやろうとしていたら誰であっても止めるであろう。


「えぇ、行くわ。私の未来だけでなく、今後の世界の未来がかかっているからね」

「逞しいな。さすがステラだ」


苦笑紛れで言われるが、この滞在期間で嫌というほど私の性格を熟知しただろう。そう簡単に折れるようなヤワな女でもなければ、一度決めたらやり遂げる頑固者だと。


「今のところ、キミがどこにいるかどうか皇帝は所在を掴めていないそうだ。一応、ペンテレアに関係していた国を洗いざらい、くまなく探してるらしいがね。まぁ、まさか皇帝もキミが遠く離れた縁も所縁ゆかりもないコルジール国にいたとは思わなかったのだろうね」

「でしょうね。それに関しては、そもそも意図してなかったことだし」

「とはいえ、血眼になって探していると聞くから、時間の問題ではあると思うけどね」


さすがに、あまり長期戦に持っていくのは難しいだろう。相手も自分の命がかかってくるから必死だろうし、そもそも余命がどれほどかもわからない相手に無駄な時間を過ごして時間稼ぎというのは悪手だ。


その間に、見境がなくなった帝国が他国侵略で世界情勢が混迷する可能性もなくはないだろう。


今のところ私の捜索を最優先事項としているからか、そう言った他国進軍という話は聞かないからどうにかなっている。


だが、今後もし進軍開始した場合はどっちにつくかどうかで協力国との関係も変わってくるはずだ。


その前に諸々の国々に根回しをしておかないと、ただ闇雲に戦ったところで戦力は散り散りになり、帝国に勝つことは難しくなってしまうだろう。


「今後、帝国がこの地にキミを探しにくるとも限らない。だから動くなら早めのほうがいいよ」

「もちろん、それは心得ているわ」


下手に長居したところで、サハリ国に危険が及ぶ可能性が高くなるだけだろう。それは避けたかった。


「そういえば、ちょっと話はズレるけど、私はサハリ国ではどういう扱いなの?」

「というと?」

「ほら、一応は擬似とはいえ、結婚式挙げるとか言ってたわけだし。その辺りの言い訳どうしたのかなーって」


そう、あの一件はどうなったのか、とずっと病室で気を揉んでいた。私が下手に口出すわけにもいかないし、ブランシェがいいように処理してくれているならいいんだが。


すると思いのほか焦った様子も見せずに、ブランシェは思い出したかのように口を開いた。


「あぁ、その件に関してはちゃんと落ち着くところに落ち着いたと思うよ。救世主であるキミが、我が国の癌であった病巣を取り除いた、ということになっている。そのためにここに来て、身体を張って色々と演じてくれていた、ということになっているよ。まぁ、実際に目撃者もいたからそこまで根回しをせずとも勝手に広まっていったのはありがたかったけど」

「そう、それならいいけど……」


救世主と呼ばれ続けるのは気まずいが、まぁ今後サハリ国に頼ることも多々あるだろうし、それはそれで貸しができたということでいいように取っておこうと思う。


「ちなみに、ステラのことは他国には秘密だということも伝えておいてあるから、一部では神の化身とか言われているようだけどあえて否定はしてないよ」

「神の化身……!?」

「こういうのはミステリアスなほうが受けるんだよ」


そういう問題じゃないだろう、と思いながらも今後広まるだろう噂が直接的でないほうが帝国に察せられる可能性が低いとも思うので、気持ちとしては抗議しておきたかったがあえてグッと堪えた。

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