第88話 レア

今日はどうにもブランシェは事後処理で来れないらしい、と先程兵が伝えに来た。一応マーラだけでなく私にも配慮してくれての連絡だろう。


マーラはそれを聞いてあからさまに落ち込んだ様子だったが、すぐさま私がいることを思い出して気丈に振る舞っていた。その姿がなんとも健気でイジらしくて、やはり自然と温かい目で見てしまう。


「ステラぁ~……?」


するとすかさず私の視線を察したマーラが、低い声でこちらを呼ぶ。相変わらずクエリーシェルなどの前とは別人である。


「そんな声で呼ばないでくださいよ。何ですか?」

「その顔でワタクシを見ないでってあれほど……」

「もうこのやりとり何度目ですか」

「そうは言っても、ステラのその顔が小憎たらしいのがいけないんですわ」

「理不尽……!」


(小憎たらしいって、……結構酷くないか?)


マーラはとことん私に対して当たりが強い気がする。まぁ、私もマーラに対して配慮とか遠慮とかないのも事実だが。


「明日にはきっとブランシェも来ますよ」

「べ、別に、待ちわびてたわけではないわ……!た、ただ御礼をちゃんと言いたかっただけでして……!!」

「本当でござるかぁ~?」

「何よ、変な喋り方して」

「ふふふ、アガ国の言葉ですよ」


今後の目的地であるアガ国はちょっと特殊な喋り方をする人もいることを思い出す。さすがに、こんな話し方をするのは全員ではないが。


アガ国は島国だというのに、地方によって文化や言語が多少異なっていた。そして、私が行った当時はそれぞれの地方が国を名乗り小さい島ながら帝国のように各国が武を競っていた。


アーシャが言うには、その各国の戦争は既に終え、今は帝国ではなく王国として誰か1人が国を統治しているらしいが、今一体どんな国になっているのだろうか。


「アガ……国?って、あの……辺境の島国の?」

「そうそう、それです。以前行ったことがありまして」

「本当、ステラは不思議というかなんていうか……謎な存在ね」

「そう、ですかね?」


確かに、こういった経験をした人は世界広しといえど、早々いないだろう。いたとしたら、先日会ったマルダスのサーカス一団のように漫遊している者などくらいだ。


ペンテレアは平穏でかつ占術を生業にしている国だったからこそ、このような経験ができたのだろう。普通の民や国王は、大体戦争以外は自国から出ないことがほとんどである。


そういう意味では貴重な経験ができたとも言えるだろう。当時はそんなことあまり意識はして来なかったが、こうして他国との縁や様々な知識が増えたことに関しては喜ばしいことだと思う。


「えぇ、普通そんなに柔軟な考えというか、何色に染まらないというのはレアだと思いますわよ」


(何色にも染まらない……か)


確かに、今まで自我を消したことはあるものの、ただしまいこんでいただけだ。私という人間が何かに影響されたかと聞かれたらいなである。


文化や知識を吸収したとはいえ、ただ私個人をアップデートしただけで、思考が変わったことはない。私は私。多少なりとも影響されることはあったかもしれないが、中身がまるっきり変わることはなかったと言える。


それは、レアなことなのだろうか?自分の人生しか生きたことのない私にはよくわからないことでもあった。


「マーラ様は違うんですか?」

「……えぇ、ワタクシは両親が言われるがままに生きていることが多かったですから」


そう溢すと、マーラがぽつりぽつりと話し始める。

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