第72話 擬似結婚式当日
「【おはようございます、ステラ様】」
「【どうも、おはようございます。本日はよろしくお願いします】」
いよいよ擬似結婚式の当日である。正直しっかり睡眠を取れたかと聞かれると微妙だが、支障がない程度には身体は休めている、はずだ。
今日は長丁場だということもあって、できるだけ休んでおきたかったものの、色々無駄に考え事をしてしまって、よく寝れなかったというのが本音である。
(まぁ、まずはヘナタトゥーの施術からだものね)
早朝から起こされているのは、この施術のせいである。
聞いたところによると、このヘナタトゥーは歴史が古く、ヘナの色が濃ければ濃いほど、長持ちすればするほど夫婦の愛が長く続くとかどうとか。
擬似結婚式には相応しくないものではあるが、彼らからしたら擬似ということは知らぬわけだし、素知らぬふりをしてただされるがままになるしかなかった。
ちなみに本来は家族や親戚、友人がこの施術をするらしいのだが、該当する人がいない場合はどうするんだろう?と思いつつも、まずは湯浴みをしてくださいと湯殿に案内される。
久しぶりにゆったりとお風呂に入れる、と温められたお湯にとっぷりと浸かる。久々のお風呂と睡魔で、危うく眠りこけそうなくらいの心地よさだった。
さすがの王家の侍女達はテキパキしたもので、風呂でうたた寝しかけている間に髪から肌から全部丸洗いをされる。
だが、カジェ国とは違ってアーシャのような気安さがないせいか丁寧に扱っていただけているようで、本当に寝入ってしまいそうなほど優しく洗ってもらえた。
その後も真綿のようなふかふかタオルで包まれて、私は睡魔でフラフラしながら髪やら身体やらを拭かれていく。
(ここは天国か……!)
こんなに幸せな気分になれるなら擬似結婚式も悪くないな、とハッと思いかけて我に返る。
(いけない、いけない。目先の誘惑に屈してどうするの、自分)
軽く首を振り、しっかりと目を覚ますと、誘惑に負けそうになっていた自分を叱咤する。睡魔にかまけて、何を考えているのかと自分自身を戒めた。
「【これから施術に入りますので、お手洗いはお先にお済ませになってください。予定としては施術と色素の沈着で、5時間ほどお時間をいただきます】」
「【5時間……】」
やはり幸せな時間は長くは続かないらしい。施術に2時間、沈着に3時間で計5時間は身動きが取れないらしい。
施術は手足のみだが、それらの場所が動かせないということはつまり、全く動けないということだ。
粗方全体を拭き終わり、軽く羽織る程度の服を着せられると、そのまま用を足してすぐさま戻ってくる。気持ちとしては戻りたくはなかったが、ここでワガママを言っても仕方がない。
「【ご希望のデザインはございますか?】」
「【希望……?と言われても、そもそもどんな種類があるのか……】」
「【例えば、クジャクだと富や愛の象徴と言われ、羽が閉じているものは成功、開いているものは愛情を表します】」
「【へぇ……】」
そもそも、羽ばたく鳥自体が幸運の象徴であり、オウムやハチドリが人気だそうだ。他にも、蓮や太陽、月なども人気のようで、それぞれ再生や永遠の愛や穏やかな愛などの意味合いがあるらしい。
「【結婚式ではクジャクや太陽、月が人気ですよ。どれも愛情を表現していて、相手への想う気持ちによって使い分けられている方が多いですが、いかがなさいますか?】」
「【いかが……いかが、うーん……】」
愛情、はブランシェに対して正直全くない。だからこそ悩む。いや、友愛はある。友人としてなら良い関係は築けるとは思う。
だが、ここは無難に結婚式スタイルにするべきか、否か。
(あぁあああああぁぁぁああ!悩むぅぅぅぅ!!)
脳内で葛藤する。本来なら何も考えずに擬似結婚式仕様にすればいいのだろう。
だが、クエリーシェルがあとで意味を知ってしまうのも乙女心的に嫌だし、そもそもブランシェは意味を知っているだろうからニヤニヤしながらからかわれることを思うとどうしても抗いたくなってしまう。
「【あぁ、あとはつぼみは多産の意味があります。これも花嫁の方々に人気ですよ】」
(ヤバい、どんどんハードルが上がっていく)
沈黙していると、悩んでいると思って侍女達がアドバイスしてくれる。実際に悩んではいるし、そのアドバイスはありがたいが、いかんせんそういう悩みではないから余計に葛藤する。
「【く……】」
「【く?】」
「【クジャク……で!】」
「【承知致しました。大きな翼を羽ばたいたデザインでよろしいでしょうか?】」
「【いえ!翼は閉じているものでお願いします!!……この結婚式によって多くの富をもたらし、国としての成功をお祈りしたいので】」
「【まぁ……】」
苦しい言い訳だが、一応本音ではある。国の成功でもあり、目下の課題の成功、それは前国王夫妻を拘束すること。その成功を願って願掛けしておきたいのは事実だ。
「【さすが、新たな王妃様になられる方。お心構えは違いますね!】」
「【いえ、そんな……】」
侍女達から褒められるのに申し訳なく思いながら、私は平静を装うためにただニコニコと微笑むしかなかった。
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