第70話 吐露

ブランシェの私室に着くなり、プライベートルームに案内される。初めて通されたそこは国王の部屋にしてはやけに狭く、簡素だった。


適当に座ってくれ、と促されて椅子に腰掛ける。私が座ると、満足したように自分も椅子に座るのだった。


「情けないところを見せてしまったな」

「別に、今更でしょう?」

「まぁ、キミには……そうかもな」


ほぼイジメに近い、いやイジメていた本人が言うことではないだろうが、当時はしょっちゅう彼が泣き言を言っていたのを思い出す。


それでも、彼は最初こそ陛下や王妃に言いつけるぞ!と言うのが切り札だったが、それもいつのまにか変わっていて、後半では自分なりに頑張ることが多かった気がする。


「……恐いんだ、両親が」


不意にぽつりと吐露した言葉。それは小さな呟きだったが、酷く重たいものだった。彼の恐怖が発露したことを表すには十分な重さだった。


「正直、対面しただけで恐い。言葉を交わすだけで、震えて立ち竦んでしまうくらい。何かされたかと言われたら、表立って何かされたわけではない。けれど、なぜか恐いんだ……」

「ブランシェ……」


肉親に恐怖を抱く。それは私には未知のことだった。両親に愛情を求め、姉と比較し、不満を持っていたことは事実だ。だが、かと言って恐怖を抱いたことなど一度もなかった。


それは恐らく、私の認識とは裏腹に、両親との関係が良好だったからに違いない。


私は姉に比べてかまってもらえなかった、と卑屈になってはいたものの、このように恐怖の感情を抱かなかったのは両親が愛情をかけてくれたからだ。


親とは、無償の愛情を与えてくれる人。その関係が脆くも崩れ去ってしまったとき、子はどうすればよいのだろうか。どうするのが正しいのだろうか。


(ブランシェは親ではなく、国を、国民を選んだから……)


少なからず私が原因ではある。求められるがまま、好き勝手に言いたいことを言ったから。自分が思うがまま、国のためにと信じて容赦なく口にしたから。


幼さゆえの無知。空気も読まず、読めず、自分が姉のためになるならと勝手気ままな振る舞いをしていたせいである。


もしブランシェが、私の言葉に影響を受けないで、ただ変わらず前国王夫妻が望むままの子供であったのなら、このようなことにはなってなかっただろう。


選択は時に残酷だ。子としては親を選ぶのが正しかったのかもしれない。それが世間でいう間違いだったとしても、彼の人生では正解だったかもしれない。


だが、ブランシェは王子であり、時期国王でもあるがゆえに、別の選択肢があることを知ってしまった。


知らねば、その選択肢はなかったかもしれないが、彼は気付いてしまった。私によって気付かされてしまった。


王としての選択。


ぬるま湯に浸かって民を疲弊させて自分達だけが幸せになることもできたのに、ブランシェはその選択ではなく、民を愛し、導くことに決めたのだ。


そして彼は愚王ではなく、賢王になる道を選んだ。……例え、それが両親のたもとをわかつとも。


「恐いのは当たり前よ」


ブランシェの手を握る。私にもこの選択の責任はある。だからこそ、私は彼の選んだ道を応援しなければならなかった。


「親から憎まれたり恨まれたりするのが平気な人がいないわけないじゃない。でも、貴方は前国王夫妻の子でもあるけど、サハリ国の王としてたくさんの民という貴方の子達を導かねばならない」

「民という子達……?」

「えぇ。この国の民は貴方という王に従う他ないでしょう?王は国民のため、国民は王のため、それぞれお互いを支えなければならない。であれば、王は常に民の模範としてあらねばならないでしょう?」


ぼんやりと私を見ながらオウム返しをするブランシェ。その姿はとても弱々しかった。


「親が間違えたなら、子が正す。国だって、王が間違えたことをすれば謀反を起こされる。それは当然のこと」

「子が正す……か」

「えぇ、だから自信を持ってちょうだい。私から見て、この国はいい国よ。以前に比べてずっとね。みんなの顔も以前に比べてイキイキとしてるもの。そして、みんながみんな、国王である貴方を慕ってる」


これは紛れもない事実だった。侍女も兵士も誰も彼も、国王であるブランシェのことを尊敬し、また心配をしていた。彼がよりよい幸せを手に入れられるように誰もがおもんぱかっていた。


「いい国に、見えるか?」

「えぇ。とても」


お世辞でも何でもない、それは私の本心だった。


ゆっくりと深呼吸をするブランシェ。その瞳には先程とは違って光が灯っていた。


「ステラ!」

「え?ちょ……っ!何!?きゃあ……っ!!」


ぐわっと力強く抱きしめられる。不意打ちで、思い切り彼の肩口に額を打って、軽く星が飛んだ。


「痛い!」

「はは、悪い悪い」

「悪いと思ってないでしょ」


いつもの調子に戻って、安堵する。やはり、今ではこのブランシェのほうがしっくりくる。


「やはりステラはいい女だな」

「まぁ、そこは否定しないわ」


にこっと笑うとブランシェに笑われる。それが何だか面白くて、私も一緒に笑い合うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る