第68話 擬似結婚式前日
「ステラ……?」
「おはよう、ブランシェ。起こしちゃったかしら」
彼が起きる前に洗顔や
ぼんやりとしていて、普段よりも随分と隙があるのは、まだ寝ぼけているからだろうか。こちらを見ながら微かに表情が緩んでいる気がする。
「……随分と早いな」
「女性の身嗜みなんてこんなものでしょう」
むしろ、アーシャなどに比べたら絶対に私のほうが楽だという自信はある。彼女なら恐らく、かなり早起きをして入浴やら着替えやら化粧やらで相当念入りな準備が必要なはずだ。
「もう部屋に戻ってもいいでしょう?」
「あぁ、さすがにもう大丈夫だ。……僕が起きるのを待っていたのか」
「……別に。いなかったら心配かけるかもと思っただけよ」
まさか図星を言い当てられるとは思わず、ちょっと口籠ってしまった。実際、それくらいの配慮は必要だと思っての行動だったのだが、いらぬ気遣いだったかもしれない。
「悪かったな。ありがとう」
「どういたしまして。このあとは朝食でしょう?それまでに着替えておくから、ブランシェも準備しておきなさいよ。よだれ、頬についてるから」
「……!」
無防備だったからか、顔を赤らめるブランシェ。まさかそんな表情をするとは思わず、面食らってしまったが、なんとなく可愛らしいとも思いながら自室へと向かうのだった。
◇
「【おはようございます】」
朝食中の出来事だった。いつものようにブランシェの隣で食事をしていると、不意に声をかけられて顔を上げると、そこには人の良さそうな笑みを浮かべた老齢の男女がそこにいた。
周りをちらっと見ると、使用人達が複雑そうな顔をしている。そして、隣のブランシェを見れば、フォークを口元にやったまま固まっていた。
(いよいよ、お出まし、ってことね)
周りの状況から察し、フォークをなるべく音を立てないように皿に置くと、立ち上がり恭しく
「【おはようございます。ご無沙汰しております、と申し上げたほうがいいかもしれませんね。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。……覚えていらっしゃいますでしょうか?ステラ・ルーナ・ペンテレアです】」
すらすらと、こちらも屈託ない笑顔で対応する。まさかあの小娘がこういう礼儀作法をするとは思わなかったのか、うぐっと動揺した様子が見てとれた。
(先制パンチは成功ね)
「【覚えておられて嬉しいです。当時はおかげさまで
「【いえいえ、サハリ国の
私と前王妃との嫌味の応酬に、今度は周りが凍りつく。コルジールの人々には何を言っているかは理解できないだろうが、雰囲気から察したのか一同静まり返っている。
「【そういえば、明日突然挙式するらしいな。聞いてないぞ、ブランシェ】」
我に返ったらしい前国王が、ブランシェに話しかける。そこでブランシェも固まっていた身体が動き出す。
「【えぇ。善は急げと思いまして。ご報告が遅れたことは、お詫び申し上げます】」
深々と頭を下げるブランシェ。それを見下ろす前国王の瞳は、とても冷たかった。
「【そうだな。こちらとしては寝耳に水で大変びっくりした。まさか、民衆からも支持が厚い仕事が的確だと名高い現国王陛下から連絡がないとはな。まぁ、手違いでもあったのだろうが、それにしたってなぁ……?いくら現国王がブランシェとはいえ、我々は前国王であるし、お前の親でもあるのだから、敬意は払ってもらわねばならぬことはゆめゆめ忘れるなよ?ん?ん?】」
「【申し訳ありませんでした。……以後、気をつけます】」
(随分と以前会ったときよりも高圧的というか、嫌な感じ……)
ねっとりとした話し方といい、高圧的な態度といい、2人のやりとりは聞いてるだけでも腹立たしいものだった。
「【わかればいいのだ。まだまだ国王殿には足りぬことがあるなら、こちらとしても指示を出すことはやぶさかではないが】」
「【いえ。ご厚意はありがたいですが、結構です】」
「【……ふん、調子づきおって……】」
あからさまな嫌味と挑発。親子の会話とは思えないほど下品な態度であった。
(随分と、喧嘩腰ね)
普段とは違ったブランシェの声音。どこか緊張しているような、恐れているような、普段のあの飄々とした感じはどこへやらと言った様子だ。
正直、彼らが言っていることは正論である。何事も筋を通すのが大切だ。けれども、やはりどこか違和感というか、息子に話すにしてはやけに距離感がおかしい話し方だと思う。
どこか上から目線というか、自分に従って当たり前のように言い聞かせる声音。まるで自分の言うことが絶対であり、正しいのだから皆従えと言ったような雰囲気があった。
(バレス皇帝ほどではないけど、自分に自信があるのがよくわかる)
当時はここまで人をじっくり観察はしていなかったが、なるほど、経験を積んだからか、こうして人間関係や気質なども粗方理解できるようになった気がする。
「【とにかく、我が国の祝い事だ。明日は我々も出席するから、そのつもりで】」
「【もちろんです。お待ちしております】」
「【特等席を期待しているぞ?】」
明らかに親子の距離感ではない。だが、私はそのままなりゆきを見守りつつ、あえて黙っておく。
前国王夫妻はブランシェのあと、私を一瞥すると、そのまま朝食会場を退出するのだった。
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