第61話 保険

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。一体全体どういうことだ」


おろおろと動揺しているブランシェをよそにサッと身体を離して、優雅に別で用意してもらった茶に口をつける。


改めて出されたものは緑茶のようで、こちらには確か眠気覚まし効果があったはず、と思いながら嚥下えんげしていく。


「どうもこうも、ブランシェだけで太刀打ちできなかった場合の保険よ。大丈夫、ヴァンデッダ卿はコルジール国の軍総司令官だから腕は確かよ」

「だ、だが……!ヴァンデッダ卿というのはキミのイイ人ではなかったか?」

「それは否定しないけど、私が連れ去られたらお互い困るでしょう?ほら、ここは協力国として私情を挟まずに協力しましょう?」


私がうむを言わさずに最もらしいことを言えば、それ以上言い返せないからか黙り込むブランシェ。私も普段はやられっぱなしだが、これくらいの色仕掛けならこなせないこともない。


ブランシェがもっと早くその気になってしまったら別ではあるが、その辺りは上手く作用してよかった。クエリーシェルにこんなことをしたとバレたら、どう思われるかはわからないが。


「っく、狡いぞステラ」

「何とでも?やられっぱなしは性に合わないのよ、私」


にっこりと微笑むと、観念したのか侍女を使いとして出すと、その後さして時間もかからずにクエリーシェルがやってきた。


「初めまして、ブランシェ国王陛下。コルジール国軍総司令官クエリーシェル・ヴァンデッダ、ただいま参上しました……が、えーっと、私はどうすれば?」


クエリーシェルが状況が読めないと不安げな表情でこちらを見る。はたから見たら、なぜかブスっと不貞腐れている国王と、ニコニコ顔の私がいればそりゃそういう反応になるわな、といったところか。


「僕は別にキミに用事はなかったんだがね。ステラの頼みだから渋々キミを呼んだだけだよ」

「えーっと……ステラ様?一体どういうことで」

「ちょっと、クエリーシェルにも協力してもらいたいことができてね。それで呼んだのよ」


頭にいくつもクエスチョンマークを出しているクエリーシェルに、とりあえず隣に座るように促す。ブランシェは酷く心外そうな顔をしているものの、特に咎めることはなかった。


「クエリーシェルには私の護衛をしてもらいたいの」

「護衛、ですか?それは構いませんけど……」

「今夜、私が連れ去られる可能性があるから、貴方にはその犯人の確保をしてもらいたいのだけど。いいかしら?」


連れ去られる、という単語でクワッと強い視線を感じるものの、そこはあえてスルーする。


暗に視線から「どういうことだ、聞いてないぞ」という内心はじわじわと伝わってくるが、ブランシェの手前、気づかないフリをする。


「確保、ですか」

「えぇ、確保。多少の大立ち回りはしても構わないけど、極力穏便に、誰も取り逃すことなくして欲しいのだけれど」

「承知しました」

「僕は承知してないぞ」


急に以前に戻ったかのように太々しい態度を取るブランシェ。先日までの余裕はどこへやら、と言った様子だ。


「見た限り、体格差は僕より多少あるが、彼がいなくとも僕だけでも十分だろう?」

「ブランシェと鍛え方が違うし、そもそも実戦を経験してるほうがいざというとき心強いわ」

「そうかもしれないが……」


うぐぐぐ、と苦虫を噛むような表情でクエリーシェルを睨みつけるブランシェ。クエリーシェルはいまいちまだ状況が飲み込めてなさそうだが、どうにかはなるだろう。


あとで個人的にチクチクと言われる可能性はあるが、この際仕方がない。


「わかった。この男も護衛に加えることは承知しよう」

「ありがとう、ブランシェ」

「ただし!絶対に!2人きりにはなるなよ!!キミの部屋に僕も待機するからな!!!」

「えぇ、それは構わないけど」


やはり見た目は違えど、この男は紛れもなくブランシェ本人だと今更ながらに実感するのであった。

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