第46話 一旦昼食

それから、ゆっくりとゾウに揺られながらサハリ国内のあちらこちらを見て行った。以前見たときよりも格段に生活が向上しているのがわかるほど、民は活気に満ち溢れ、かつて不毛だった土地は豊かになっていた。


「そろそろ一度休憩にしようか。昼食を取ろう」


ブランシェがそう言うと、下にたくさんいた従者達が一斉に動き始める。そして、いつの間にやらオアシスのような場所に案内されると、そこでピクニックのように昼食会のセットが用意されていた。


「足下に気をつけて」

「ありがとう」


スマートにエスコートされると、そのまま彼の隣の席に案内される。周りの視線が凄く痛いが、きっと彼らには未来の妃のように映っていると思うと、何となく申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「今朝も出たアエーシだ。今朝のは焼き立てでふっくらしていたが、冷めたら冷めたで美味しいものだ。ぜひ食べてくれ」

「いただきます」


朝食べたときはもっちりとふっくらしていたパンは、今は携帯食用にサンドイッチになっている。見た目だけでなく、用途に合わせて使える使い勝手の良さに素直に驚く。


よく見ると、中が空洞になっているようで、その部分をうまく利用しているようだ。パンの中には豆やポテトやコロッケなどが入っていて、思いのほかボリューミーである。


パクッと大きく一口齧ると、香辛料の香りが鼻腔をくすぐり、ふわっとスパイシーな味が口腔内に広がる。


もちっとしたパンの食感を邪魔することなく、またコロッケなども食べやすい大きさになっているので汚さずに溢さずに食べられる部分も高評価だ。


「美味しい!」

「そうか、それは良かった。コシャリやコフタもぜひ食べてくれ。きっとキミの好みの味だと思う」


言われて、それぞれぱくりと食べる。コシャリは混ぜ料理だそうで、中には米やパスタやレンズ豆などが入っていて、それにトマトソースやニンニクのソースなどがかけられている。


見た目は多少「ん?」という雑多さではあったが、食べてみると色々な食感とトマトの酸味やニンニクのアクセントが調和していてとても美味しかった。


またコフタは、挽肉の串焼きだそうだが、玉ねぎやトマトなどの野菜が混ぜられており、スパイスと調味料がちょっと辛めの味付けではあるが、それが逆に食欲をそそる。


まさにクセになる美味しさであり、ついつい何本も手を伸ばしてしまった。


「お気に召していただけて良かった。朝はあまり食が進んでないように感じたからな」

「あれは、ブランシェが突拍子もないことを言うからでしょう」

「それはすまなかった。気がせってしまってな」


そう言って頭を撫でられる。何だかやたらと距離感が近いというか、ボディタッチが多いというか。言えばやめてはくれるけど、それでもクエリーシェル以外の男性から触れられることなどなかった私は、ちょっと気まずい。


「すぐ触らないで」

「あぁ、すまない。キミを見ているとつい触りたくなってしまう。あぁ、そういえば先程から僕の話ばかりだったな。今度はキミの話を聞かせてくれ、ステラ」

「私の話なんて、大したことはないと思うけど……」


そして、ペンテレアでの出来事やマシュ族のこと、コルジールでのことを簡略的に話す。もちろん、姉様の話やバレス皇帝の狙いについてなどはあえて言わなかったが。


「なるほど、そうか。キミはキミで、色々あったのだな」

「えぇ。おかげさまでね」


嫌味のつもりはないものの、つい喧嘩腰になってしまう。本当、話すたびに我ながら波乱万丈な人生を送っていると思う。


不意にちらっとブランシェの視線が外に向く。私もつい癖で追いかけると、そこにはニコニコと穏やかな笑みを浮かべた従者がいた。


(何かあったのだろうか?)


疑問に思いつつも、ジッとブランシェの顔を見つめると、「どうした?」と目を見つめられて微笑まれる。だが、先程までは自然に振る舞っていたその姿に、どこか違和感を覚えた。


「いえ、別に」

「【そうか。で、式はいつがいい?】」

「【ぶはっ!し、式!?式ってその、歓迎式とかの話じゃないわよね?】」


不意打ちで再び噴き出す。しかもなぜか急にサハリ語に変わって、とりあえず私も言語対応する。


「【あぁ、もちろんキミとの結婚式だ。で、いつにする?】」

「【ちょ、無理強いしないって!】」

「【もちろん、無理強いはしないさ。キミが僕を望んでこその結婚だからね】」


そう言って手を握られる。


(ん?)


握られた手の中に仕込まれた紙。ブランシェは視線で開けろと言っているようで、多少ぎこちないものの周りから気づかれないようにコソッと中を見れば、「今だけ僕の言うことを聞いて」とだけ書かれていた。


(今だけって、ブランシェの言うことに従えってこと……?)


よくはわからないものの、何かしら意図があるのだと感じながら「【まだ、ブランシェのことよく知らないし……】」とそれっぽいことを答える。


すると、私の返しは及第点ではあったのか、ブランシェはにっこりと微笑むと、「【では、今夜キミの寝室に伺ってもかまわないかな?】」と頬に触れられながら尋ねられる。……まぁまぁの音量で。


周りから歓声やら浮き足立った声が沸く。明らかに私に対してではなく、今の言葉は周りに対してだろう。


「あとで詳しく説明してもらうからね」

「あぁ、もちろんだ」


コソッと言えば、頭を撫でられる。それに周りが色めき立っている中、ただ1人例の従者の顔色が悪くなっているのに、私は気づかなかった。

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