第14話 感情
「すみません、お待たせしました」
あのあと、見張り台に登らせてもらって海風をたっぷり受けながら遠くを延々と眺めていた。
視界にはほぼ海しか映らなかったものの、海は海でも波の様子や光の反射などを眺めるだけで余計な雑念は消え、頭を空っぽにすることができた。
そのおかげか、少しではあるが気持ちがちょっと和らいだように感じる。さすがにまだモヤモヤした黒いものが燻ってはいるものの、今ならマーラと多少なりとも落ち着いて話せる気がする。
だから部屋に戻ってきたのだが、部屋の中では片頬を赤く腫らし、相変わらずぶすくれた表情をしているマーラと、なぜかおろおろしている男達がいた。
「おかえり、リーシェ。その、具合は大丈夫か?」
「えぇ、特に問題なく。ありがとうございます。多少は落ち着きました」
「そうか、それならいいんだが。あの、ちょっと今いいだろうか」
「かまいませんけど……」
そう言うと、クエリーシェルに促されるまま部屋を再び出る。出る間際、クエリーシェルがヒューベルトに目配せして、引き続きマーラのことを頼んでいるようだった。
マーラは、私達に視線を向けることなく俯いていた。どことなく涙目のようだったが、泣いてなさそうなのはある意味さすがだと感服せざるを得なかった。
(ま、あの様子だとすぐに逃げるだなんだとはならなそうね)
ヒューベルトにあとで礼を言わねば、と思いながら、私の先を進んでいくクエリーシェルのあとについていった。
「どうしました?」
「いや、どうしたというか。ただ、その、リーシェは大丈夫だったかと」
歯切れの悪い言葉と彼の様子から、先程の私の表情や態度で心中を察してくれたのだと悟った。寝起きだったはずなのに、そういうところは目敏い。
「大丈夫です。お騒がせしました」
「いや、だが……」
「……そんなに、酷い顔してました?」
「酷いというかなんというか。血気迫るというか、人を1人くらいヤったくらいの気迫はあったように思う」
言われてそこまでの形相をしていたつもりはなかったので、単純に恥ずかしい。このように怒ることなど、一体いつぶりだろうか。いや、そもそも初めてかもしれない。
(アーシャには腹立たしい気持ちはあったことももちろんあったけど、こう『憤る』って感情は感じたことがなかった気がする)
自分にもそんな感情があったのかと、自分自身で驚くくらいだ。普段感情を抑えて接する機会が多いゆえ、他者からはさらにびっくりされたことだろう。ヒューベルトにもあとで謝っておかねば。
「だが、こうして感情が発露するというのは悪くないとも思うぞ?」
「と、言いますと?」
「いや、リーシェは分別が良すぎるからな。たまには年相応に喜怒哀楽を出してもいいと思う。抱え込みすぎてもあれだ、心労で身体に障るだろう?」
どこまでも優しい人だな、と素直に思う。こうして自分を心配してくれる人がいることが、とても嬉しかった。
「ありがとうございます。というか、ケリー様こそ体調はいかがです?そもそもなぜ、あそこで脳震盪など起こしていたのですか?」
素朴な疑問だった。状況的に思い返してもいくつか可能性は考えられるものの、これと言って推測できなかったので、純粋に理由が知りたかった。
なので、つい聞いてしまったのだが。
「いや。あー……、恥ずかしながらあれは突然彼女に出てこられて、びっくりして、その、何だ……」
「え、と。もしや、不意に現れたマーラ様に驚いてひっくり返って意識を失った、と……?」
「まぁ、そんなとこだ」
(大丈夫か、この人が国軍総司令官で)
最愛の人でありながらも、まさかの想定外のことに、ちょっとだけコルジール国の先行きが不安になった。
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