第6話 セイレーン

ガタガタ……っ


「ん……?」


何か物音がした気がして目が醒める。まだ働かない頭で外を眺めると、いつのまにかとっぷりと夜の帳が下りていた。


(だいぶ寝ちゃってたようだなぁ)


見回して先程の音の出所を探るが、特に見当たらない。となると、揺れで物が動いたのだろうか。


ゆっくりと身体をベッドから起こす。船が揺れてるからか、それとも目眩のせいなのかわからないが、とりあえず頭の中が少し揺れているような感覚。


ぼんやりと働かない頭を動かす。未だぐらぐらするのは、寝起きのせいだろうか。


(そういえば、就寝前に水分補給しなかった)


きっとこれは水分不足のせいだろうとゆっくりベッドから起き上がると、手近に置いておいた火打ち金でランプに火を灯す。


そして、あらかじめ固定しておいた水差しが割れてないか、もしくは溢れてないか確認したあと、水を器に移してゆっくりと嚥下する。


水分補給をしたら幾分か思考がマシになった気がする。なので、とりあえず現状の確認をしようと甲板へと向かうために薄手のチュニックだけでは心許ないので、一応羽織りを羽織っておく。


(あれ、あの羽織りどこやったっけ)


寝る前にあったはずの羽織りがないような気がして、首を傾げる。誰か部屋に入ったのだろうか。いや、でもそんなことするような人はいないだろうし、そもそも羽織りがなくなるというのも変である。


(まだ頭が働いてないから、あとでもっと考えられるようになったら探そう。寝ぼけてどこかにやった可能性もあるし)


とりあえず、当初の目的であった甲板に行くことにした。多少風に当たれば思考もはっきりするだろうし、外の状況も確認しておきたい。


この時間だと恐らく船員くらいしかいないだろうが、もし何かあったとしても私にもできることはあるだろう。


(一応、クエリーシェルとヒューベルトの部屋にも寄ってみるか)


念のため彼らの部屋の前まで向かう。入室したり声かけしたりするのは忍びないので、外からの確認だけだが、どうやら2人とも寝ているようでちょっとホッとする。


自分が起きてこなかったせいで、彼らが休めないなんてことになってなくて良かった、とちょっとだけ安堵した。


(では改めて、甲板に行きますか)


ギシギシと、揺れる船。さすがに新しい船ではないので、手摺りや階段などが多少摩耗している。夜で暗がりだということもあって、手摺りに掴まりながらゆっくりと足元に気をつけながら船室から甲板へと降りていく。


「……えた……すよ……」

「……えー……、……かぁ?……ま……」


(何やら騒がしいな)


私語をすることはもちろんあるが、夜更けだと言うのになぜか妙にテンションが高いというか興奮しているような声音が聞こえて、「どうしました?」と声をかければ「ぎゃーーーーー!!?」と叫ばれる。


まさかそこまで驚かれるとも叫ばれるとも思わず、私も叫びこそしなかったものの、びっくりしてしまったくらいだ。


(叫ばれたのなんて、初め……いや、ケリー様に叫ばれたことがあったな)


クエリーシェルの邸宅に行ったばかりの時のことを思い出す。あのときもびっくりするほど叫ばれたが、男女問わず人間誰しも思いもよらぬときは叫ぶのだなぁ、としみじみ感じる。


だが、確かに不意に暗闇の中いるはずのない人物が急に湧いて出たら驚くのも無理はないと思い、とりあえず謝っておく。


「すみません、驚かせてしまって」

「あ、あぁ、リーシェさんでしたか……!」

「もう、驚かさないでくださいよぅ……」


口々にそう言うのは、船員であるグラスコとパリスだ。大柄で野性味のあるグラスコと少女のように小柄のパリスが一緒にいるとなんだかちょっとあやしげなほうに思考が飛びそうになるのを抑えて、再び先程の質問を投げかけた。


「で、お2人で何をお話されてたんです?随分と興奮されていたようですが」

「あぁ、そう!そうなんです!セイレーン!セイレーンが現れたんですよぅ!!」

「だーかーらー。ちゃんと姿見たわけじゃねーんだろ?」

「見ました!確かに僕はこの目で見ましたよぅ!!目だけは僕いいんですから、信用してくださいよぉ~!!」


セイレーン。確か海の物の怪だったか、聞いたことがあるような気もするが、とりあえず詳しく聞こうとパリスに詳細を尋ねるのだった。

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