ヒューベルト編3

成績優秀、実績もある。上官にも国王にも忠実であり、信頼をおける人物に値すると自負もあった。だから何でも完璧にこなせると、驕りはあった。


(これは凡ミスもいいところだ)


意識が朦朧としながら、そんなことを考える。食事に気を使っていたはずなのに、まさか飲み物をきちんと確認せずに飲んでしまうとは。


長旅の疲れと異文化のストレスも相まって、体調が悪化するのに時間はかからなかった。


「ひゅー……ひゅー……っ、がは……っぐ、ぅ……っ、う、……」

「だ、大丈夫か、ダント卿!誰か、誰か……!!」


息が苦しい。熱い。痒い。


久々の感覚に、自分の身体が自分のものではないように感じる。身体中がまるで沸騰したように熱を帯び、ぼこぼこと異様な発疹が現れ、全身を搔きむしりたい衝動に駆られた。


(あぁ、俺はこの異国の地で死ぬのか)


家族を見返すはずが、こんなところで……、と俺の意識はそのまま途絶えた。







「(……た、あり……が……)」


聞き覚えのある声に意識が少し戻る。薄らと重くなった瞼を持ち上げると青みがかったプラチナの髪が視界に入ってくる。


(リーシェさん……?)


まさか彼女がここに来るとは思わず、こんな恥ずかしい醜い姿を見られないようにと身動ぐが、死にかけの状態ではほぼ無意味だった。


何か頭上で話しているのは聞こえるものの、会話の内容は頭に入ってこない。


だが、手袋に手を掛けられたとき、彼女がこの手袋を外そうとしていることだけはわかった。なけなしの力でどうにか抵抗するも、その甲斐虚しく剥がされてしまう。


彼女の眼下に晒される己の醜い手。それがまるで恥部を晒しているようで、酷くつらくて、苦しくて、無性に泣きたくなってくる。


(死にたい……)


今までどんなつらいことがあっても思わなかった考えがぎる。こんなどうしようもない自分を、弱い自分を、よりにもよって彼女に見られるということは、今の自分にとって何よりも苦痛だった。


「大丈夫ですからね。きっと良くなりますから。今日は一晩中付き合いますよ」


だが、彼女は自分の手を見ても動じることなく触れてくる。この醜くて忌避される怪物のような異形の手に触れてくれる。桶に温めた湯を張り、丁寧に洗ってくれたあと、綺麗な布でくるくると手が覆われていく。


「掻いちゃダメですからね。まずは腕を綺麗にしてから、その後は白湯を飲んで、ゆっくり寝ましょうね。苦しかったり痛かったりしたら言ってください」


まるで子供に言い聞かせるように、優しく言葉をかけられる。それは自分は経験がなかったものの、母が子の看病をするかのごとくの優しさだった。その優しさに、自然と涙が溢れる。


「つらいですよね。大丈夫ですよ、良くなりますからね」


そして彼女は実際に一晩中、俺の看病に付き合ってくれた。








起きた。


恐る恐る身体を起こせば、足元に監視兼護衛対象であるはずのリーシェさんが寝ていた。……穴があったら入りたい。


思わず、俺は頭を抱える。


薄らと蘇る昨夜の出来事。意識が途切れる間際、彼女の顔が近づいたかと思うと、俺の唇に彼女の唇が触れて……。


(しかも、一度や二度ならず……)


いや、あれは救命処置であって。やましいことではないし、そもそも彼女に他意はない。だがあのふっくらとした彼女の唇が俺のに触れていたと思うと……!


(あぁああああぁあああぁああ)


頭を抱えつつも、感触を鮮明に思い出し、むくむくと起き上がりそうになってる下腹部を物理で押さえる。妄想して欲がもたげるなど変態もいいとこだ。


とはいえ、初めて経験した口付けが、まさかの人工呼吸というのは一体どういうことなのか。


(リーシェさんの唇は少しひんやりしてて柔らかか……って、そうじゃない……!!!)


よこしまな思考を頭をぶんぶんと振って追い払う。


深呼吸をしたり、頬を叩いたりしてどうにか平静を装って、自らが落ち着くのを待ってから彼女を起こす。


(まさか全部お見通しだったとは)


結局、隠していたはずの自分の素性等もバレていたようで、面目丸潰れだった。その後彼女が寝入ってしまったあとノックと共に現れた大男に恐怖したのは、後ろめたさ以外の何者でもなかった。

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