第46話 心配性
アーシャが落ち着いてから、私がマシュ族と逃げたこと、貴族の家で拾われたこと、領主への生贄になったこと、クエリーシェルに拾われたこと、バレス皇帝から狙われている理由、などを話した。
そういえば、こんなに話したのなんていつぶりだろうなんて思いながら、私がこと細かにあった出来事を話すと、相槌をうちながらしっかりと聞いてくれるアーシャ。
「は、それキモくない?」
「だから、気持ち悪いんだって」
「やっぱり行くのやめたほうが……カジェにずっと居なさいよ」
「アーシャ……」
再び話をふりだしに戻すかのような言い草に、ジッとアーシャを見つめる。
「嘘よ、嘘。覚悟はもうわかってる。それにあの皇帝はいつどこに牙を剥くかわからないから、さっさと倒してもらったほうが清々するわ」
「そうね、本当あの老いぼれ早くくたばってくれないかしら……っ!」
「こら、口が悪い」
ペシっと鼻先をデコピンされて、鼻を摩る。地味に痛くて、ムッと彼女を見た。
「でも、道理で狙われているって言っても動揺しなかったわけね」
「……気づいてたの」
「当然でしょう?金額には驚いてたのに、自分が狙われてたことに関してあからさまに反応なかったもの。気づくわよ」
そういうとこ鋭いなぁ、と思いながら、やはりアーシャは観察眼が優れていると改めて感心する。
「それにしても、転生ねー。聞いたことないけど」
「私も聞いたことないわよ。でも、皇帝は思い込んでるようだし、今更真偽のほどを確かめても仕方ないでしょう」
「それもそうね。貴女の彼は知ってるの?」
「……言ってないわよ。言ったら幽閉でもされそうだし」
心配性のクエリーシェルのことだ、絶対に旅自体反対される。一応危険だという認識はあっただろうが、それでも私が個人的に狙われているとなると話は別だろう。
「確かに、過保護そうだもんね」
「まぁ、……否定はしないわ」
「私、嫌いじゃないわよ、あの人。前の婚約者に比べたら、断然あの人を推すわ。というか、以前の婚約ってどうなったの?」
「さぁ……自然消滅じゃないかしら?私もそちらに関して連絡手段がないからよくわからないのよね」
かつての婚約者を思い出す。バーミリオン国の皇子は幼少期より相手のたっての希望で私と婚約したのだが、少々難ありな人物ではあった。
「そういえば、あの人も大概思い込みの激しい人だったわよね」
「んーー、否定できない」
見た目こそ完璧で、身長は高くルックスもいい、声も高すぎず低すぎずちょうどいいし、物腰も柔らか。だが、唯一欠点があるとすれば、思い込みの強さだった。
「ステラをずっと可憐で儚げな少女だと思い込んでいたものね、彼」
「どこからそんな印象になったのか不思議で仕方ないけどね」
当時からお転婆ぶりは健在だったのだが、彼の目にはそう映らなかったらしい。一体どういう原理でそのような思い込みをするのか理解はできなかったが、私には彼の印象を強要されるのが苦痛で仕方なかった。
「さすがの我が国でもあの北東のバーミリオンのことまでは掴めなくて」
「いいのよ。あの国は土地柄、どちらかというと閉鎖的だしね」
寒く冷たい氷の国、バーミリオン。
だいぶ離れた国だから、関わることは早々ないだろう。できることなら、私を忘れて彼の望むような人と結婚して欲しいとは思う。
(いや、既に結婚してるかもしれないしね)
「いっそ、さっさとあの人と既成事実作っちゃいなさいよ。アルルの友達増やしてあげて」
「すぐまたそういうこと言う!」
ペシペシと身体を叩けば、「いいじゃない!いっそ、そういう人生もありよ」と面白おかしく無茶なことを言う。
(他人事だと思って!)
それはそれでハードルが高いんだぞ!と訴えたところで、アーシャのことだ、ならカジェ国に移住しろとか言い出すに決まっている。
そもそも、何だ。まだそういう行為は知ってはいても自分には早いと思うし、クエリーシェルとしたら、きっと私の身体は裂けるかもしれない。
(絶対大きいし、あの風呂上がりのときの身体も大きくて引き締まってて……)
出会ったばかりの風呂場での出来事を思い出し、悶々と変なことを考えていると不意に「……ねぇ、ステラ」と再び真剣なのか何なのか、落ち着いたトーンで話しかけられる。
「……な、何?」
「もし、コルジールの国かクエリーシェルを選ぶということになったらどうする?」
突拍子もない質問に反応が遅れ、ゆっくりと頭の中で反芻すると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまう。
「え、え、何?急にその究極の質問」
「ちょっと気になったから。で、どっち?」
畳み掛けるようにグイグイと迫ってくるアーシャ。だが、私の中では答えは決まっていた。
(そんなの考えるまでもない)
「そんなの決まってるじゃない。……両方よ」
今度はアーシャがポカンと呆けた顔をする。そして、ゆっくりと逡巡したのか、ハッと我にかえると食ってかかられる。
「質問の意味……!」
「だって決められないわ。それに、私ならどっちも守ってみせるわ」
「どこから来るの、その自信」
「姉様のお墨付き」
「マーシャルも、随分と困ったものね……」
溜息をつきながらも嬉しそうなアーシャ。その姿を見て、ここに来て本当に良かったと思えた。
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