第29話 隠し事

「リーシェさん……?」

「ん……っ」


頭上から声を掛けられ、身体を揺らされて目が覚める。顔を上げるといつの間にか眠ってしまっていたらしく、申し訳なさそうな顔をしたヒューベルトが私を見下ろしていた。


「……おはようございます」

「おはよう、ございます。えっと、昨日は本当に……」

「本当ですよ、大変でしたから。でも、ご無事で何よりです」


寝不足で働いてない頭はまだポヤポヤしている。


まだどうにも起きることができずに、ヒューベルトの布団に頭を預けていると、優しく頭を撫でられた。


「お疲れですよね、すみません。起こしてしまいましたが、まだ寝ますか?」

「いえ、……大丈夫です。というかヒューベルトさんは?体調いかがですか?」

「私はもう大丈夫です。本当にご迷惑をお掛けしました」


さっきから申し訳なさそうに眉を下げたままだ。普段はどちらかというと無愛想でキリッとした顔立ちなのに、今は叱られた子犬のようで可愛らしい。


「そうだ。単刀直入に言いますが、アトピー性皮膚炎ですよね」


もう今更まどろっこしい質問したところで仕方ないと、ストレートに聞く。すると少し目が泳いで絶句したあと、項垂れ勘弁するように頷いた。


「……えぇ、はい」

「一番酷いのは手だけですか?」

「そうです」

「拝見しても?」


頷く彼に再び手袋を外す。昨夜に比べて症状は落ち着いてはいるものの、やはり見た目は痛々しかった。


「すみません、お見せいただきありがとうございます。とりあえず、ずっと手袋をするのはあまり衛生的に良くないので、包帯などを巻きましょう」

「わかりました」

「包帯は1日に1度、私が変えますから」

「いえ、ですが、人にお見せするものでは……!」


まだ抵抗するのか、とジッと彼を凝視すると「承知しました」とか細い声が返ってくる。


「掻かないようにするのが一番ではありますが、とりあえず爪もなるべく短く削って、肌を掻き壊さないように」

「はい」


以降、大人しく私の言うことに返事してくれるヒューベルト。それなりに責任を感じているようだ。


「あとはアレルギーあるものを教えてください。こちらで除去しますので。ちなみに昨日発症したのは、何か心当たりが?」

「多分、この部屋に帰ってきてから飲んだものかと……。水かと思ったら違うもので、すぐに吐き出したのですが、結局このように……」


水みたいなもの、という言葉で水と見間違ってもおかしくないものを思い出す。


「それは恐らく、ココナッツジュースですね。無色透明なので。あれも確か、アレルギー反応があった気が……。とにかくこちらのフルーツ、マンゴーやバナナなどは避けてください」

「はい」

「それと、他に隠しごと、ありませんか?」


確信を持って聞けば、急に黙り込む。


その反応を見て、なかなか本人の口から言えないだろうと、私が自ら言うことにした。


「ヒューベルトさんは今回見合いのためではなく、私の監視か何かの目的の参加ではありませんか?」

「……さすが、優れた洞察力ですね。はい、その通りです」


渋々認める彼に、はぁ、と溜め息をつく。国王のことだ、万が一私が逃亡しないようにとのことで、見張りとしてつけたのだろうが、人選が悪い。わざわざこうしたアレルギー持ちをチョイスしなくても、と多少呆れる。


(ここまで隠していたなら、国王が知らなかった可能性もあるけど)


「まぁ、国王なりの保険ということはわかりますがね。さすがにもう少し、うまく立ち回らないとダメですよ」

「返す言葉もないです」

「いえ、国王が悪い、というのもありますからお気になさらず。あと、私は逃げも隠れもするつもりないですから、いつでもどこでもついてきても大丈夫ですよ」


冗談交じりに言えば、やっと笑ってくれてちょっとホッとする。


今回の同行が見合いする目的ではないとはいえ、実際にヒューベルトがこうして未婚者だというのは、彼がアトピー性皮膚炎だということに起因しているのだろう。


見た目良くて、性格も良くて、資産もまぁまぁ、爵位もまぁまぁだというのに、もったいない話である。


(遺伝性の病気がなくなればいいのに)


いくら周りから有能と言われているとはいえ、こういったものをなくすほどの力がない自分が不甲斐ない。


いや、それは驕りだとわかっている。


実際この旅だって、自分では帝国をどうすることもできないからしていることだ。


私はただの亡国の姫。


国をなくし、身分すら満足に証明できない者。


だからこそ、自分にできることをしなくてはならない。できることが、限られていたとしても。


(ヤバい。考えすぎて、頭痛と睡魔が同時に来た)


「やっぱりちょっと寝かせてください。頭、9回りません」

「えぇ、もちろんです!どこで寝ますか?」

「えー……あぁ、どこでも大丈夫です……。あぁ、ちなみに、クエリーシェル様には人工呼吸したとかそういうことはご内密に……こういうことには煩い方なので……」

「も、もちろんです!」


言われたと同時に、意識がなくなる。気づいたときにはいつもの部屋に戻っていて、心配したクエリーシェルが私を抱きかかえて部屋に連れ戻したとのことだった。

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