第26話 交換条件
「1日だけステラをレンタルしてもいい?」
「は?レンタル?」
言われた意味がわからなくて復唱する。すると「そ、レンタル」と楽しそうに言われる。
「……何を、させられるの?」
「大したことじゃないわ。アルルが全然一緒にいられないからって拗ねちゃってね。1日あの子に付き合ってもらいたいのよ」
「それだけ?」
「えぇ、それだけ」
「別に、それなら構わないけど……」
もっと何かえげつないことをさせられるのではないかと身構えてた自分としては、なんだか拍子抜けである。
「あぁ、ちなみに彼も連れて行っていいわよ?」
「彼って、クエリーシェル?」
「そうそう、その彼。日程としては、そうね……明後日ではどうかしら?その翌日にお互いの国のことを話し合いましょう?それまでにこちらも情報をまとめておくから」
「何か、怪しい……」
珍しい提案というか、意地悪な要素が何もないことについ訝しんでしまう。
「人聞き悪いわね。そんなこと言うならマーラの件は私は手伝わないわよ?」
「……っく!……すみません、お願いします……」
「わかればよろしい。ということで、そういうことだから。よろしくね」
結局こうして私はアーシャに丸め込まれていることが多い。今回は悪い話ではないから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「明日は見合いの件進めるんでしょう?コルジール国の方々の仮住まいもこちらで用意しているから、その後の帰国のスケジュールなども明日リスト化しておくわ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
お茶を飲み終えて席を立つ。そして彼女の部屋を出る前に、くるっと彼女の方に向き直った。
「お茶も美味しかったわ、ありがとう」
「あら、ちょっとは成長したのね」
くすくすと笑われて恥じ入るが、一応礼儀だということで、今まであまり言わなかったことを言えて少しスッキリする。そして、普段なら弾かれる鼻先だが、今回はなぜだか頭を撫でられた。
「ただいま戻りました」
「あぁ、おかえり」
「まだ起きてたんですね」
「風呂には入ったがな」
確かにサッパリしたからか、幾分か疲れが取れたような表情をしている。
「今日はお疲れさまでした」
「あぁ、お疲れだったが、その、何だ、別に彼女とどういうことには……」
おろおろと狼狽して言い訳を始めるクエリーシェルが面白くて、笑ってしまう。
「大丈夫ですよ、そこまで気にしてないので」
「そ、そうか?」
「……いえ、多少はその、イラっとはしましたけど」
その苛立ちはマーラだけでなく、突っぱねられなかったクエリーシェルと、それをフォローしきれなかった私も含まれるが。
「一応、アーシャにお願いしてマーラさんのことはどうにかなることになりましたのでご安心を」
「そうか。すまない、いつも自分で対処できず」
「そうですよ、ある程度女性の対処ができるようにはしてください?」
「悪い、そうだな。まだどうにも、自分に女性が寄ってくるというのに慣れてなくてだな……」
実際、最近まではあの髪がボサボサの無精髭の様相で女性から敬遠されていたのだから、いきなり積極的に近寄ってくる女性を対処するのは無理だとは思う。
そもそもの人間嫌いも相まって、そういうコミュニケーション能力が足りないことも十分わかっている。だが、年齢もそろそろ33になるのだし、身についていても損はないだろうとは思う。
(というか、ある程度敬遠しておいてもらわないと、これからどんどん増えていくだろうし)
見た目よし、資産よし、爵位アリ、とくれば正直好物件だし、引く手数多だろう。
そもそも性格と見た目がネックだったのだ。その問題さえ取り除けば、ちょっと年はいってるものの、欲目抜きにして異性として申し分ない相手である。
(しかも優しいし、物腰は低いし、差別とかもしない人だし)
この時代に、奇特な人ではあると思う。そもそも、この私をそばに置こうとした時点で変わり者であるとは思ったが。
「どうした?」
「いえ、何も。とにかく、今はクエリーシェルは私のなんだから。他の人にうつつを抜かさないで」
ちょっとぶっきらぼうに言えば、突然背後から抱き締められる。そして、首筋に口付けられて、思わず「ん」と甘い声が漏れ出てしまう。
「何してるんですか……!」
「愛らしい、と思ってな」
「もう、またからかって……!!」
「からかうとかそういうのではなくて。嫉妬されたのが嬉しいというか……」
そう言って、ちゅっちゅっと首筋に何度も口付けられる。それが擽ったくて身をよじると、彼の顔が間近にあることに気づく。
「……ん、……っケリー様……?」
唇が近づく。あともう少しでくっつく、と言ったその時だった。
コンコンコンコン……!!!!
響く、尋常じゃないほどの回数のノックに、ガバッと身体を離して出入り口へと向かう。
「(ど、どうされました……?)」
「(た、大変です!見合いの参加者の方がお倒れになりました……!!)」
顔を真っ青にする侍女。振り返れば、クエリーシェルも実際言葉は不明瞭だろうが、状況を察して真剣な表情をしていた。
「(わかりました。ただちに向かいます……!!)」
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