第2話 煽られる男
「綺麗だな」
「えぇ、とっても」
船旅は順調で、特に天候不順などもなければ、海賊に襲われることもなく、このままの速度なら2日でカジェ国に到着するそうだ。
やっと船酔いが落ち着いたクエリーシェルを、甲板に連れてくる。見上げると、真っ暗な夜空に光るのは数多の星々。陸地とは見方が少し違っていて、今まで見たことがないほどとても綺麗だった。
(綺麗……)
思わずうっとりと夜空を見上げる。赤道を通ったからか、夜でもそこまで冷えず、海風と相まってちょうどいい気温なのも良かった。
「リーシェ……」
身体をぴったりと密着させ、耳元で名を呼ばれる。そして、顎に手をかけられ彼の方に上向かせられそうになるが、その手首を掴んで阻止した。
「……さすがに、先程まで吐いてた口でするのは嫌です」
「それは、……そう、だな……」
真剣に抗議すれば、項垂れるクエリーシェル。我ながら可愛げがないとは思うが、嫌なものは嫌だ。
口付けするだけでも、口内の菌がどうのこうのという話は聞いたことがある。そういうのは気にはならないにしても、乙女心としてはいくら好きな相手だからと言って、できることとできないことがある。
その代わりに彼の手を取ると、そのまま握る。指を絡めると、頭を彼の腕に寄せた。
「他の人もいるので、これくらいで勘弁してください」
小さくそう言えば、急に顔を押さえ出すクエリーシェルに首を傾けると「そういうことをして煽るでない……」と窘められる。
(煽ったつもりはないんだけどなぁ)
こういう部分は男女差なのか、はたまた個人差があるのだろうか。何となく、クエリーシェルが何かつらそうに耐えているのと、何か堅いモノが太腿辺りに触れているので察する。
「リーシェ先生ー!」
呼ばれてガバッと彼から離れ、振り向くとそこにはジュークがいた。暗がりでよく見えないが、顔が上気しているように思う。
「どうかされました?」
「いや、お姿が見えたので!……ヴァンデッダ卿も一緒だとは思いませんでしたが。あぁ、でも、もしよければヴァンデッダ卿も参加しませんか?」
「何にだ?」
「腕相撲です!」
((腕相撲……?))
爛々と、この時間に灯りがついているのは珍しい。赤道近くで日は長くなっているとはいえ、外はもう真っ暗なのでそれなりの時間だ。
普段はもう寝静まっている時間だというのに、飲酒によって気分が高揚しているのか、部屋の中には熱気と喧しい声が響いていた。
「あぁー、リーシェ先生ぇ!!」
「リーシェ先生も、いらしてたんですねー!」
私を見つけたらしい、婚活メンバーに次々に声をかけられる。それに適当に笑ってやり過ごすと、クエリーシェルにグイっと腰を引き寄せられた。
「どうしました?」
「いや、別に、何だ……」
面白くないというのが顔に出ている。みんな酒も入っているようだし、早々にこれは退散した方が良さそうだ。
「みなさん盛り上がりのようですし、私はこれで」
「えーーーー!せっかくですから飲みましょうよー!」
「そうです、そうです!もう成人されたんですよね?」
部屋に戻ろうと踵を返すが、囲まれる。いい感じで酒が回っているようで、クエリーシェルがいるというのにお構いなしだ。
(これは困ったな)
助けを求めるように、クエリーシェルの方を向く。彼も察したのか、「もう夜だ、リーシェも長い船旅で疲れているのだから」とどうにか切り上げてくれようとしているが、酒に飲まれているメンバーはしつこかった。
「あ、今、腕相撲のトーナメント始めたところなので、ヴァンデッダ卿が勝ったら、リーシェ先生はお部屋に戻られるっていうのはいいんじゃないですか?」
「いいですね、それ!」
「あ、勝ったらリーシェ先生からご褒美があるというのは!」
「ひゅー!それいいぜ!せっかくだし、キスしてもらおうぜ!」
勝手に盛り上がる男達。まぁ自分以外は男しかいないのだからある意味無理もないが、酒のノリで悪ノリになっている。ここまで変に盛り上がってしまうと、落ち着かせるのは困難だ。
(厄介なことになってしまった)
「リーシェにそんなことはさせられん!」
「えーーー、ヴァンデッダ卿、負けそうだからそんなことをおっしゃっているのでは?」
「まさか、軍の総司令官が負けるようなことはないですよね?」
(あーこれ、ダメなパターンだわ)
無駄に煽られて、クエリーシェルが身体を震わせているのを見ながらまだ部屋には戻れそうにないな、と内心溜め息をつく。
案の定クエリーシェルは、だったら勝ってみせようじゃないか!と彼らの誘いに乗ってしまった。
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