第62話 季節の変わり目
「っ、くしゅ……っ!」
「大丈夫か?冷えたんじゃないか」
「先程まで暖かい部屋にいたので、少々冷えたかもしれません」
秋の色も濃くなり始め、風は以前に比べて格段に冷たくなっている。
ここに来たばかりのときは程々の距離を走ってきたため、身体も温まっていたからこの冷たさが心地よかったが、さすがに渓谷ということで比較的他の土地と比べて気温が低いように思う。
それなりに厚着はしてきたつもりだが、動き易さを重視したので、羽織るものは特に持ってこなかった。
「病み上がりなんだ。また拗らせても大変だから、一度止まるぞ」
そう言って、馬を止めるクエリーシェル。私も合わせるように馬を止めると、降りるように促される。
「?」
「リーシェは私の馬に乗っていろ」
「はい」
言われて素直に馬に跨ると、先程私が乗っていた馬にクエリーシェルの馬に乗せてた携帯用地図や飲料水用のボトルなどの荷物を積んでいく。
粗方荷物を移動させ積み終えると、クエリーシェルは私の後ろに乗ってきた。
「え?2人で乗るんですか?」
「あぁ、寒いのだろう?私の外套に
「……ありがとうございます」
(なんだかドキドキする)
失礼します、ととりあえず小さく声をかけて、彼の外套に包まる。ふわっとクエリーシェルの匂いに包まれてなんだか気恥ずかしくなってくるが、彼の体温が移ったそれは確かにとても温かかった。
「多少はマシだろう?」
「はい。温かいです」
すっぽりと彼の外套で身体を覆われる。ゆっくりと馬が歩き出すと、彼に背を預ける形となって、なんだか後ろから抱き締められているような錯覚に陥る。
(いや、実際にそうなっているか)
クエリーシェルが馬の手綱を握っているため、必然的に前にいる私は彼の腕の間に納まる形だ。これはどこからどう見ても抱き締められていると言えるだろう。
彼の体温を背中に感じ、彼の匂いに包まれていると思うとなんだか落ち着かなくて、胸がざわめく。こういうときは適当に会話をするのに限る、と慌てて思考を巡らした。
「雲行きがちょっと怪しいですね」
「ん?あぁ、確かに雲が上がっている?という印象だな」
「ここは渓谷なので、風が駆け上がりやすいんですよ。風が上がったり下がったりして雲ができ易いので、すぐに天候が崩れるんです。ちなみに、山の天気は変わり易い、というのはそのせいですよ」
「ほう、なるほどな」
「あんまり長居してると、降られるかもですね」
天気の説明をしていると、突然お腹がじくじくと痛んで、思わずお腹を押さえて前屈みになる。
「っ……っ!く……っ」
「どうした?大丈夫か?!」
クエリーシェルが狼狽するのを感じて、ゆっくりと息を吐きながら「……大丈夫です」と弱々しく声を出す。
この痛みの理由はわかっていた。季節の変わり目で、先日の一件で斬られた傷口が痛んでいるのだと。
「大丈夫そうな声ではないが」
「お腹が、ちょっと痛むだけなので」
あの時は必死だったが、実際にこういった後遺症が残るとなると、もう少し違った方法で捕らえれば良かったと今更ながら思う。……もう後の祭りだが。
「あぁ、所謂女性特有のやつか?」
クエリーシェルがそういうことを知っていることに多少の驚きはあったが、ちょっと的外れなのが面白くて、口元が緩む。気持ち、ほんのちょっとだけ痛みが和らいだ。
「違います。斬られたところが季節の変わり目になると気圧の変化で痛むんです」
「それはそれで大丈夫ではないだろう」
「古傷が痛む、というやつです。少ししたら治りますので、お気遣いなく」
「すぐそうリーシェは……少しは甘えるということをだな」
「ケリー様だって甘えることとかないじゃないですか」
「私は男だし、年上だしだな……。で、どこが痛むのだ。この辺りか?」
手綱を片手で持つと、おずおずと言った感じで、大きな手で服越しではあるが、お腹を触られる。彼の体温が高いからか、じんわりと体温で温められ、だんだんと痛みがひいてくる。
「どうだ?痛みはひいてきたか?」
「はい」
「古傷は冷えが大敵だからな。気圧のことは知らなかったが、温めるとよくなる」
「そうなんですね」
傷に関しては、クエリーシェルの方が詳しいらしい。確かにどう言った理由で痛むのかは知っていたものの、その対処法は知らなかった。……私もまだまだである。
「でも、女性のお腹を触るのはセクハラですよ」
「……っは!いや、悪気はないんだ。気分を害したなら謝る」
「……ふふ、冗談ですよ。ちょっとからかってみたくなっただけです」
「リーシェ……」
そのまま少し擽られて身をよじる。まさかそんなことをされるとは思わず、抗議しようと上向けば、彼の唇が自分のそれに降ってきた。
「……ん、……っ」
「大人しくしていろ」
「……はい」
(急になんてことをするんだ)
思っていても、恥ずかしくて声に出せず。
クエリーシェルの方が1枚上手だったことを癪に思いながらも、彼に抱き締められるまま、目的の場所へとゆっくり向かうのだった。
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