第53話 好きとは?

「確かに、クエリーシェル様の性格を考えると、それはキスとはカウントしてないかもしれませんね」


さらっと言われて、クエリーシェルのことを知る第3者から見てもやはりそうか、と何となく予想はしていたけれども、ちょっと凹む。


「でもでも!普通はそんな好意がない相手としようとは思いませんし、クエリーシェル様がリーシェさんが好きなことは明白ですし。そもそも、リーシェさんはクエリーシェル様のことどうお思いですか?」


結構攻めてくるなぁ、と思いながらも、あんまり今までこう言った話をした経験もなければする相手もいなくて、ちょっと新鮮である。


(これが所謂、恋バナ、というやつか)


そういえば、昔ペンテレアでメイドがやれどこの執事が、どこぞの騎士が、どこそこの外交官が、幼馴染がなどと話していた気がする。興味がなかったからスルーして聞き流していたが、今更ながら、聞いておけばよかったと後悔する。


何事も経験だし知識だ。自分には不必要だと思っていたものがここにきて必要になるとは。


(いらない知識や経験など、ないということね)


反省しながら、質問のほうに頭を戻す。私は、クエリーシェルをどう思っているか。


(結局、そこにいきつくのよね)


姉にも聞かれ、ロゼットにも聞かれ、私は一体どうしたいのか、どんな気持ちなのか考える。


好きは好きだ。それは以前も悩んだ末に出した結論だ。


だが、果たしてその好きは一体何なのか、自分では正直皆目見当がつかなかった。というか、そもそも経験値が低過ぎて、これが恋なのかさえも怪しい。


恋愛結婚はこの地位において、早々ないことはわかっている。実際に、過去の婚約者相手にはそういった感情などなかった。ただ、あぁこの人と結婚すればいいのね、としか思っていなかった。


結婚は共同生活だ。ただ、恋だの愛だので乗り切れないことはわかっている。だからこそ、感情など抜きに、ただ共同生活が送れればいいと昔は考えていた。


(私は、ケリー様とどうなりたいのだろうか?)


共同生活は現状、実際にしている。そして、ほどほどの距離でいい関係を保っている。なら、それでいいのではないか、と。


「ロゼットさんは、好きってどういうことだと思いますか?」


顔を上げてロゼットを見る。純粋な疑問だった。私にはわからない、まだ知らない知識を彼女に教えて欲しかった。


「私、今まで好きとかそういうのと無縁で生活していたせいか、そういう感情がよくわからないので」


続けてそう口にすると、ロゼットが私が本当にわからないのだと気付いて、表情が幾分か固くなる。


「え、と……私が個人的に考える『好き』という感情の見解で、いいですか?」

「はい、教えてください」


真っ直ぐ見つめてそうお願いすると、少し逡巡する様子を見せたあと、ロゼットはゆっくりと口を開いた。


「好きは、……束縛、でしょうか」

「束縛?」

「はい。自分のものだけにしたい、という占有欲と言いましょうか。とにかく、誰かに奪われたくないものだと思います。好きかどうか確認するとき、誰かに彼を取られたくない、という感情が起きれば、それはきっと恋なのだろうと。リーシェさんはそういう気持ちになったことありますか?」


束縛。


(束縛、というと嫉妬をするということだろうか)


そう考えて、果たして私はクエリーシェルを束縛、クエリーシェルに接触する他の人に嫉妬したことがあるだろうか、と考える。


ニールがクエリーシェルに好意を持っているが、それに対しては特に何も思わない。


以前はまぁ勝手にやってくれ、とも思っていたが、そもそもクエリーシェル自体に興味がないことはなんとなくわかってからは大してどうでもよくなっていた。


(では、他の人物では?)


以前ロゼットがクエリーシェルに好意を抱いていると聞いたときも、そのときはきちんと成功すればいいのになぁと思っていた。それは事実だ。


(では、私はやはりクエリーシェルに対して好きだと思っていないのだろうか)


いや、違う。あの時はクエリーシェルのことを別にそういう目で見ていなかった。ただの主従の関係だった。


(では、今は……?)


先日、ペルルーシュカがクエリーシェルと婚約したいと言い出したことを思い出す。あの時は有り得ないことだと、一蹴してそもそも思考することすら放棄していた。


(だが、実際に本気でもしどこかのご令嬢がクエリーシェルと婚約しようとしたら?)


彼と腕を組み、同じ食事をして他愛もない会話をして、どこか遠乗りしてピクニックをして同じ時間を共有して、一緒に領主の仕事を全うし、同じ目標に向かって突き進む。


そして、親交を深めて唇を合わせて、肌を合わせて……


(……嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ……!)


そこに、自分ではない誰かがクエリーシェルと一緒にいると想像しただけで、胸が苦しくなる。彼が自分以外の誰かと自分が知らないところで自分の知らないことをしていることが耐えがたい苦痛だと感じてしまった。


そうか、これが、束縛なのか……、ということはつまり。


「私は……クエリーシェル様が好きなようです」


それが私の出した結論だった。私は彼を好きなのだ。

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