第32話 メイドの考察

「これで、地図や地理は完璧」


地図を見ながら、実際の地理を把握する。これを可能にするのが狩りである。


土壌や河川の状態で、普段の天候などもわかるし、また実際に狩りを行いながら地形や生態を把握することで、ただ地図を見るだけとは違ったものが見えてくる。


このような生きる情報こそが生きていく上で大事な要素であり、もし何かあったときの逃げ道を確保することは、私のような身の上の者には必要不可欠だ。


(コルジールは比較的沿岸部に面していて、大きな河川がある。うん、なるほど。だからここまで栄えているのね)


地図をじっくりと眺める。今いる国、コルジールは人口も多く、資源はあまりないが比較的温暖な気候で土壌がよく、畜産や農業が盛んなため、食糧が豊富である。


一方、敵対する隣国マルダスは地中資源は多く、技術力もあるが気候が悪く、常に食糧不足に喘いでいるという。


ここで手を取り合えばいいものの、そうはいかないのが国家というものである。


(この北の大山脈のおかげでどうにか防げてるけど、もし本当・・に技術力はあちらのほうが上ならば、いかに上手く策を講じるかがかなめだ)


マルダスに関しては国交がないため、あまり情報がない。だが、こちらの技術力のほうが劣っているということがわかるということは、何か理由があるはずだ。


この、コルジールは食糧が豊富でマルダスは技術力が優っている、という話は通説ではあるが、実際はどうだかわからない。


そもそも技術力で優っているのであれば、あちらからしたらコルジールは是が非でも手に入れたい国なのだから、とうに落とされてもおかしくないはずだ。


正直、この通説自体信憑性があるのか甚だ疑問ではある。資源・技術が備わっているのであれば、帝国に勝るとも劣らない国家であると言えるのだから。


(マルダスとゴードジューズが手を組む旨味)


旨味があるとすれば、どう考えても技術力ではなく資源のほうである。技術力は帝国のほうが何倍も上手うわてであろう。実際に味わったことがあるからこそわかる、圧倒的な強さ。思い出すだけで震えるほどの絶望感。


(だけど、帝国はこのような知能戦はしない、となるとするのはマルダスだ)


恐らく現状を鑑みると、マルダスが情報操作をしているに違いないと想定できる。理由としては安易だが、コルジールが攻めてこないように、だろう。


だが、マルダスは帝国と手を結んだことで強硬策に興じる可能性が出てきた、と。そして、現状目下の問題は、その情報操作をする者がこの国内にいるかもしれないということだ。


(シュタッズ家、ねぇ……)


どうにもきな臭い。メイドとして生きることに決めたが、帝国が関わってくるとなると当事者になってしまう自分が恨めしい。


(とりあえず今は、明日の準備をしないと)


携帯用地図を手に入れる言い訳として、狩りを提案したが、自分なりにいい言い訳だったと自画自賛する。


実際、うさぎなど久しく食べていないし、最近家の中でうろちょろしてることが多く、身体も鈍ってきたので身体を慣らすにもちょうどいいだろう。


時期的に天候も安定してるだろうし、気候も暑すぎず寒すぎずで悪くない。さすがに虫が出てくるだろうから、虫除けにハーブを持ち歩かねばならないだろうが、さして問題もないだろう。


強いて問題があるとすれば、自分の体力及び能力の低下である。


狩りなど1、2年前にマシュ族と暮らしていたときにしていた以来だ。領主には狩りはしたことがないと伝えているから、あまり獲れなくてもさして問題はないとは思う。


だが、そもそも、馬にさえ乗れなかったらどうしよう。領主の前で乗れると言った手前、いざ乗れなかったら恥ずかしい。


弓も前はまぁまぁの腕だったと自負はしていたが、そのときはほぼ自分が食いはぐれないようにするためだったので状況も違う。


(明日は早起きせねば)


あまり今考えても仕方ないだろう、と思い直す。領主も早朝から仕事があるというが私も昼食や道具、その他諸々を準備しなくてはならないから、下手に夜なべすると朝に差し支える。そもそも私以外使用人がいないせいで、用意するのは全て私である。


(昼食に飲み物に敷物にカトラリー、弓に矢に袋に……)


とりあえず思いつくものを書いていく。そしてなるべく先に用意しておこうとあらかじめある程度荷造りしておく。


(あとは昼食と弓矢だけど、弓矢に関しては明日領主に聞いておこう)


リーシェは適当に用意を済ませると、城内を一巡し、やり残しと異常がないことを確認したあと、あてがわれたベッドへと潜り込むのだった。

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