第30話 密会
国王からの密偵依頼の帰り、さぁこれでやっと休める!と思っていた矢先のことだった。
(何がどうしてこうなった)
目の前には、ニコニコとした笑みを浮かべる、褐色の美しい女。
黒くて長いしなやかな髪は洗い終えたのだろうか、綺麗に艶がかかっていて、燭台の火の光で輝いているように見えた。
恐らくすっぴんであろうが、それでもなお美しい。人ならざる美しさ、まさに妖艶という言葉がしっくりくる。そして、私はそんな彼女に拉致されてここにいる。
「こうやって密会してると、あらぬことを思われますよ、アーシャ様」
「あら、前みたいにアーシャと呼んでもらってもいいのよ、ステラ姫」
以前の名で呼ばれて、思わず真顔になる。
一体この人は何がしたいのか、つい真意を確かめたくて自然と眉間に皺が寄ってしまう。それを「恐い顔しないで」と咎められた。
「でも、やっぱり生きてたのね。貴女なら生き延びていると思っていたけど。会うのはいつぶりかしら?かれこれ10年ほど?」
「正確には8年ぶりです」
「そうだったかしら。それにしても変わらないわね、貴女。すぐに気づくくらいに」
それは嫌味なのかなんなのか、彼女の話はイマイチ読めない。
「というか、こちらの言葉喋れるんだから、わざわざ私を通訳にしなくても良かったでしょう」
「えー、だってめんどくさいじゃない。それに、もしかしたらこちらが誰も喋れなーいってしたら、貴女が通訳としてきてくれるかと思って。ふふ、私の読みは正解だったでしょ?」
「用件がただの世間話なら、私は疲れてるから帰りますよ」
わざと音を立てて席を立つ。気安い相手だからか、不快に思っていることを前面に出す。
実際、慣れない通訳で疲れている。頭は働かせなくちゃいけないし、気は張るしでいいことなど何もなかった。
「貴女に、謝りたいと思って」
静寂の中だからか、余計に彼女の言葉が響いたような気がした。まさか謝られると思わず、立ったまま動けなかった。
「……なんですか、藪から棒に。どういう風の吹き回しですか?」
「一応は罪悪感を感じてるのよ。あの時、我が国は動けなかったから。それは恐らく、私のせい」
同盟国だったカジェ国。だが戦乱時、いくつかの同盟を結んでいたはずの国からの救援は一切なかった。何度も何度も打診をしていたはずなのに、急襲されていることに気づいていたはずなのに。
理由は簡単だ、怒り狂った帝国の強大さを前に皆、怖気づいたのである。
そして結局、私がいた国は、家族は、跡形もなく消えてしまった。
恨むこともあったが、今ならわかる、あのときはどうしようもなかったのだ、と。
当時のカジェ国はアーシャがアルルの出産を終えたばかりだった。下手に助太刀したところで火の粉を被るのは目に見えている、最悪、我が国同様にカジェ国も陥落する可能性が高かった。
「別に責めはしませんよ。理由はおおよそ理解しているつもりです。許すかどうかは別ですが、今はだいぶ受け入れているつもりです」
「そう、本当貴女は昔から可愛げがないものね、マーシャルと違って。……泣いてもいいのよ?」
「泣きません。私は、ただ静かに生を終えることを選んだので」
「そう、残念。でも、いつか本当に心が開ける人に出会えるといいわね」
ぽつりと呟くように言われた言葉が耳に残る。
そんな人、いるだろうか。こんなに捻くれて、頑固で、無気力で、どうしようもないほどの疫病神のような女を受け入れてくれる人。
そんな女と共にする者がいたら、よっぽどの物好きか変人である。
「では、本当に行きますよ。アルルによろしく伝えておいてください。あと、もう迷子なんかにさせないでくださいよ」
「そのことについては、親として深く反省しているわ。あぁ、そうそうアルルからお手紙。今日は全然お話できなかったから、って」
そう言って、ちょっと皺がついた折り畳まれた紙を渡される。開くと私とアルルだろうか、2人の女の子が手を繋ぎ笑っているような、そんな絵だった。
「もし、この国で居場所がなくなったらカジェに来なさい。もてなすわよ」
「お心遣いありがとうございます。そうならないように努力します」
「本当、もう可愛げがないんだから」
鼻を爪弾かれる。痛い、と抗議したら目の前の女はただの女のようにコロコロと笑う。その姿はどこか昔を思い出させるのだった。
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